第30話「瞬殺」
「えぇ!? 駆け引きもなしに突っ込んじゃうの!?」
しかし――。
「いや、悪くない手だ。剣使いのアメリアとは違い、ナギサは剣を持っていないため、明らかに接近戦ではアメリアが有利だからな」
「魔法専門の魔法使いと闘う場合、むしろ離れて戦わないことは重要で、接近戦がセオリーです。ましてやアメリアちゃんは、獣人ですから身体能力がずば抜けておりますからね」
「その上、意表を突くこともできた。これで相手が動揺してくれれば、儲けもんだ」
リューヒとシャーリーは、アメリアの選択は間違っていないようなことを言う。
二人から見れば、アメリアの闘い方もありのようだ。
「それにアメリアの足元を見てみろ、しっかりと氷の道を作っているじゃないか」
「えぇ、あれなら一瞬で、ナギサちゃんのもとに辿り着けます」
リューヒが指さす先には、アメリアの足元からナギサへ向けて氷の道が出来上がっていた。
アメリアは加速するように、氷の道をすべりながらナギサとの距離を一瞬で詰める。
「これで、終わりよ!!」
そして、剣を最速で到達させるために突き刺してきた。
だが――
「しかしそれは、同格以下が相手の場合だ。格上相手――ましてや闘い慣れた者には、愚策だな」
――ナギサは最小の動きで躱し、無防備となったアメリアの後ろ首へと手刀を入れた。
「かはっ……!」
首に衝撃が走ったアメリアは一瞬息が止まり、前
氷の上を滑りながら全身のバネによって超スピードで突っ込んでいたアメリアは、気を失ったことで勢いよく転がりそうになるが――彼女が倒れる前にナギサが手を伸ばし、勢いをものともせず優しく抱き上げた。
「瞬殺、されちゃった……!?」
一部始終をしっかり目で捉えていたアリスは、アメリアをお姫様抱っこして呆然と佇むナギサを見て、思わず声に出してしまう。
あまりにもあっけない決着ではあったが、誰の目から見ても実力差は明らかだった。
「当然だ。あれほどの速度で突っ込むなら、全神経を前方に集中させなければ、突っ込んでいる本人も反応できないからな」
「そこを躱されてしまえば、無防備になった背中を狙われてしまう、諸刃の剣ですからね……」
リューヒは仕方がなさそうに息を吐き、シャーリーは少し戸惑いながら言葉を紡いだ。
二人の意見を聞き、ここまで黙り込んでいたミャーがゆっくりと口を開く。
「相手の実力がわからないのに……突っ込むなんて……愚かすぎる……。あの子は、才能も実力もあるけど……調子に乗りすぎてる……」
ミャーの辛辣すぎる意見に、他三人の姫君は苦笑する。
しかし、誰も否定はしない。
皆同じ意見なのだろう。
そんな中、ナギサは――
(や、やっちゃった……)
――自分がした行いに、酷く後悔していた。
というのも、不意を突かれて突進されたことにより、長年の闘いに身を置いていたナギサは反射的に躱し、無防備となっていた隙だらけな体に思わず手刀を入れてしまったのだ。
接戦を演じるどころか瞬時に決着させてしまい、当初思い描いていたこととは真逆な結果になった。
幸いなのは、魔法を使わずに済んだことかもしれないが――
「サルバドールさん、あなた……」
――この場にいる者たちに対しては、動きだけでもまずかった。
「い、今のは――」
「ナギサ」
ナギサがどう言い訳しようかと悩みながら口を開くと、観覧席からリューヒが名前を呼んできた。
視線を向ければ、彼女は腕を組みながら立ち上がっており、不敵な笑みを浮かべている。
「ご苦労だった。すまないが、そのままアメリアを医療室へと運んでやってくれ」
どうやら、もう終わりだから去れ、ということらしい。
明らかに何かしらの思惑はありそうだったが、ミリアからの追及を逃れるにはここから去るしかない。
だからナギサは頷き、アメリアを抱えたまま走り出す。
「あっ、サルバドールさん、待ちなさい……! 私はあなたに聞きたいことが――!」
しかし、ミリアは行かせようとしてくれない。
彼女はナギサを捕まえようと、動き出す――が、観覧席からステージ上へとリューヒが飛び降り、彼女の行く手を阻んだ。
「ウーディさん、どいて頂けますか?」
「いや、そういうわけにもいかない。彼女にいったい何を聞くつもりだ?」
ミリアが不機嫌そうに眉を潜めると、リューヒは凛とした態度で尋ねる。
相手がお姫様であろうと、教師であろうと、どちらも気にしていない態度だ。
「あなたには関係がありませんので」
「残念ながら、そうでもなさそうだ。下手なことをされて、彼女が学園からいなくなっては困るのでな」
「……何か、知っているのですね?」
「いいや、別に何も。ただ先程の動きを見てもわかる通り、彼女は只者ではなく、かといって悪意も感じない。現状、いてもらったほうが都合がいいと、先生も思うだろ?」
現在、四人の姫君は何者かに狙われている可能性が高い状況。
それを防ぐために、学園側の戦力でナギサは使える、とリューヒはミリアに訴えかける。
教師であるミリアも、あの晩はたまたま
だから、リューヒが言わんとすることはわかるものの――ナギサを、野放しにしてはおけないと考える。
「どう考えてもあの動きは、闘い慣れている者の動きでした。しかも、相当な手練れです。少なくとも一般生徒ではありませんのに、放っておけと?」
「ナギサはあの事件の夜、率先して一人で生徒を護った。それだけで信頼に足る、と
「――っ」
リューヒに図星を突かれたミリアは、息を呑む。
ミリアが動いた本当の理由を、リューヒは既に見抜いているのだ。
「――悪いけど……そういうことで……ナギサに手は出さないように……」
「ハイエストさんまで……。動きは只者ではないとしても、魔法力は全くわからないのに……あなたたちは、そこまでサルバドールさんを買っていると……?」
ミャーまでリューヒの隣に下りて来たのは意外だったらしく、ミリアは戸惑いながら二人に尋ねる。
「確かに、彼女の力は……未知数だけど……。どうせ測れる者は……この場にいない……」
「我々の前では、ナギサは本気を出さないだろうからな。だが、相当強いことは確かだ。今はそれで十分さ」
ミャーとリューヒがナギサに肩入れしていることを知ったミリアは、他の二人はどうなのだろうと考え、観覧席を見上げる。
ミリアの目には、シャーリーはリューヒやミャーの行動に困惑しているようで、アリスは仕方なさそうに笑っていた。
それによりミリアは、リューヒたちが近しいシャーリーにまでナギサの詳細は伏せている、と考える。
アリスはおそらく、ナギサの正体に気が付いているのだろう。
だから、事件があった日の夜に何があったのかを知らない彼女でも、この状況についていけている。
何より、この決闘を手配したのはアリスであり、ブリジャールの姫君ならその行動理由に理解はできた。
そんなミリアの頭には、ある言葉がよぎる。
《昔、国王陛下にお世話になったからね。だから、たとえ死ぬかもしれない闘いだろうと、僕は自分の命を懸けてでも国民を守らないといけないんだ。だって国民は、陛下の宝物だから》
それは、エンシェントグリフォンを討伐しに行こうとしていた、仮面の剣士が発したものだった。
厄災と呼ばれる魔物相手に勝てるはずがない、と止めたミリアに対し、仮面の剣士は明るい声でそう返したのだ。
仮面の下の表情は見えなかったものの、彼は笑っている気がし、心強さを感じたのと同時に、放っておけないと思ったことをミリアは覚えている。
何より――思い出の彼は、とても誠実だった。
少なくとも、自分の欲望で動く人ではない。
(まったく……何してるのよ、あなたは……)
とんでもなくややこしい状況に、ミリアは頭が痛くなるのだった。
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