第24話「英雄の苦い思い出」

「先生、どうかなさいましたか?」


 明らかに動揺をしているミリアに対して、生徒が声を掛ける。

 それによりハッとしたミリアは、コホンッと咳払いをして、キリッとした顔付きで口を開いた。


「なんでもありません。それよりも皆さん、高等部に入ってからは魔法訓練や魔物との実践をやっていきますので、気を引き締めるようにお願いします」


 先程の咳払いでしっかりと切り替えたのだろう。

 バレていないか心配だったナギサだが、彼女が切り替えたことで心に余裕ができ、凛々しい旧友の姿に少しだけ感動をした。

 これが別の形での再会であれば、ナギサも素直に喜べたことだろう。


 今はただただ、自分の不運を恨むことしかできない。


「一つ、質問をしてもよろしいでしょうか?」


 突然、アメリアが手を挙げた。

 当然、皆の視線はアメリアへと注がれる。


「かまいません、どうなさいましたか?」


 発言を許可していない――などとは言わず、ミリアは話を聞く姿勢を見せる。

 外見からはクールで取っつきづらい印象を受ける彼女ではあるが、実は他人想いで根は優しいところがある。

 そのため、頭ごなしに抑えるようなことはしないのだろう。


「ミリア先生が、冒険者に負けない生徒を育てる、というのを目標に掲げておられることは有名です。しかし、我々貴族に冒険者がかなうとは到底思えないのですが、どうして先生は貴族のほうが下だとでも言わんばかりのことを、おっしゃられておられるのですか?」


 おそらくプライドの高いアメリアは、貴族のほうが下だと言われることが我慢ならないのだろう。

 機会があれば、ミリアに質問をぶつけたいと思っていたようだ。

 相手は教師であり、ましてや英雄と呼ばれる女性なのにもかかわらず、遠慮のない質問をするアメリアに対して、クラスメイトたちは息を呑んだ。


 しかし、ナギサだけはアメリアのことを少しだけ見直す。


(立場が上の相手でも、相手によって言いたいことは言えるのか……。ミャーさんやリューヒさんがお姫様だから、文句を言いづらいだけだったのかな?)


 そうナギサが考え直す中、ミリアは仕方がなさそうに息を吐く。


「その驕りが、いずれ貴族を滅ぼすことになる、と私は危惧しております」

「なっ!?」


 静かに発せられた言葉に対し、アメリアはムッと顔に出す。


『お前の言っていることは、ただの思い上がりだ』と遠回しに言われたことを、ちゃんと理解したのだろう。


「どういう意味ですか……?」


 アメリアはこめかみをヒクヒクとさせながらも、笑顔で尋ねる。

 一応、教師相手に突っかかるのはまずいと理解しているようだ。


「良い機会です、まだ入学式には時間がありますので、私のクラスの方々には知っておいてもらいましょう」


 どうやら話す気になったようで、ミリアは黒板に文字を書き始める。


「あなたたちが中等部までで習った歴史のように、貴族には国王から認められるほどの実績を出せた者がなることができ、その子孫も貴族になります。そして昔は・・ 、誰もが貴族に憧れ、貴族になることを夢見た時代でした。逆に言えば、今なお貴族ではない家系は、先祖が実績を残せなかった――優秀ではない遺伝子、という見方ができ、貴族に比べれば劣る――そう教わったと思います」


 ミリアが貴族らしき者や、平民らしき者の絵を描きながら話すと、生徒たちは皆コクコクと頷く。

 本当にそう教わってきたようだ。

 だが――ミリアは、その絵に対して大きなバッテンマークを書いた。


「これは、大きな間違いです。いえ、正確には、古い認識だと言えます」

「ありえません!!」


 ミリアの発言に対し、アメリアは間髪入れず否定した。

 反応が良すぎて、ナギサは感心する。


「どうしてそう思われるのですか?」


 否定したアメリアに対し、ミリアはその根拠を尋ねる。

 すると、アメリアは胸を張って自信満々に口を開いた。


「成果を上げれば、貴族になるというのは常識です! そのほうが、良い暮らしができるのですから!」

「それは思い込みでしかありませんね。現に今の高ランク冒険者たちは、多大な実績を残しながらも、貴族の話は大半が断っております。その代わりに――まぁ領地の代わりにですが、大金や物品をもらってはいますがね」

「なっ!?」


 アメリアは知らなかった、とでも言わんばかりに動揺する。

 ナギサからすれば当たり前のことなのだけど、他のお嬢様たちも驚いていた。

 どうやら、皆知らなかったらしい。


(まぁ、冒険者と関わることがなければ、そんなものなのかな……? それにしても、だけど……)


 ナギサは違和感を抱く。

 いくら人生のほとんどをこの学園で過ごしてきているとはいえ、親から聞く機会などあったはずだ。

 それを知らないということは、意図的に隠されているのではないか、とナギサは考えた。


「そうですね……あなたたちがよく知る冒険者でいえば、『仮面の英雄』でしょうか?」

「――っ!?」


 突然自身のことを挙げられ、ナギサは息を呑んで身構えてしまう。

 いったい何を言い出すつもりなのか――気が気じゃなかった。


「彼はエンシェントグリフォンを討伐したことで英雄と呼ばれるようになったわけですが、今もなお冒険者のままですよね? 何より、他にも危険度の高い魔物を多く討伐しているのに、貴族ではありません。おかしいと思いませんか?」


 ミリアの問いかけに対し、誰も口を開こうとしない。

 おそらく、そのことを疑問に思ったことはなかったのだろう。

 名前や噂を聞いたりしていても、深く考えないというのは誰にでもあることだ。


「彼のように、貴族になりたがらない冒険者は今の時代多くいます。その理由は、責任を持ちたくなかったり、貴族が嫌いだったりと――様々ですが。そして彼らには、貴族が束になっても勝てないでしょう」


 一瞬、ナギサは自分が責任逃れや貴族嫌悪をしていると言われたのかな、と思ったが、さすがにミリアに対してそんな姿は見せていなかったはずなので、他の冒険者のことを言っているのだろうと思った。

 何より、ナギサが貴族にならないのは、正体を隠していることと、領地を持って身動きができなくなるのは困るのが理由なのだ。


 ナギサの目的はあくまで、両親を・・・殺した・・・組織への復讐なのだから。


「ですが、実際にミリア先生は『仮面の英雄』と組んでエンシェントグリフォンを討伐なされたわけで……! それは、力が対等だったのではないでしょうか……!?」


 ミリアのことは当然生徒たちも知っているようで、エンシェントグリフォンを討伐した英雄とされているミリアは貴族なのだから、貴族が劣っていることにはならない、と主張したいようだ。

 それに対して、ミリアはムッと不満をあらわにした。


「私はいつも言っているのですが、エンシェントグリフォンを討伐したのは彼一人です。確かに私は後方支援をしておりましたが、私がいなくても彼は一人で倒せていました。それなのに私が英雄と呼ばれているのは、貴族の面目を保ちたい方々が勝手に持ち上げているからです。二度と、私の前でこの話をしないでください」


 どうやらミリアは、英雄として祭り上げられることを不快に思っているようだ。

 明らかにミリアの纏う雰囲気が変わり、生徒たちは委縮してしまう。

 だが、まだアメリアは口を閉ざさないようだ。


「しかしミリア先生は、鬼才女と呼ばれるほどの凄い魔法使いだったと――」

「それが、今の貴族のレベルだということです。彼の実力をのあたりにすれば、二度とそんなこと言えなくなりますよ」


 そう言って、ミリアは苦笑するのだった。

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