第23話「鬼才の英雄」
「皆さん、ごきげんよう。このクラスを受け持つことになりました、ミリア・ディヴォーテッドです。以後お見知りおきを」
教壇の前に立つ女性の名前を聞き、ナギサは頭を抱えた。
(う、嘘でしょ!? なんで!? どうして!?)
そんな言葉が、ナギサの頭の中を駆け巡る。
まさか、思い出していたら本人が目の前に現れるなど、予想外すぎるのだ。
しかもそれが、自分のクラスの担任教師になるだなんて、悪夢かと言いたくなる。
「どうしたの……?」
当然、こんな態度を取っていればミャーたちに疑問を抱かれる。
ミャーは変な者を見るようなジト目で、ナギサのことを見つめていた。
(どうしよう、顔を出すわけにはいかないんだけど……!?)
なんせ、冒険者時代のナギサを知っている女性が、すぐ傍にいるのだから。
国王から童顔と言われていたように、ナギサは昔と比べて顔に変化がほとんどない。
つまり、顔を知っている知人には、男が紛れ込んでいるということがバレてしまうのだ。
しかし、このままではミャーたちに怪しまれてしまう。
何より、ミリアが担任教師になった以上、顔を隠し続けるなど不可能だった。
この状況では、正体がバレるくらいなら逃げるほうがいいかと思われるが、姿を消せばナギサを推薦した国王に迷惑をかけてしまうことになる。
もういっそのこと、覚悟を決めて堂々とし、もしミリアに気付かれたとしても、他人の
――と、そこまで追い詰められていたナギサだが、ふと気が付く。
ミリアの前では、一度も仮面を外していないということを。
というよりも、正体を隠して冒険者をやっていたので、冒険者時代誰一人として素顔は見せなかったのだ。
そのおかげでナギサは、『仮面の剣士』、
「いえ、なんでもありません」
顔がバレていない以上、堂々としていれば大丈夫。
そう思ったナギサは、ミャーに笑顔を返して体を起こした。
「ふ~ん……?」
ミャーはナギサに何か思う様子を見せるが、それ以上は追及してこない。
彼女はナギサから視線を逸らし、ミリアへと向けた。
「ミリア・ディヴォーテッド……。三年ほど前に……かつてドラゴンと渡り合い……現代では厄災……とまで呼ばれた魔物……エンシェントグリフォンを……『仮面の剣士』と共に……たった二人で討伐した……もう一人の英雄……。この学園に通っていた頃……『鬼才女』と呼ばれていたことから……もじって……今では……『鬼才の英雄』と……呼ばれているね……。彼女の出身は確か……ナギサと同じプリジャールだから……知り合いなの……?」
目聡いミャーは、ナギサがなんで隠れたのか、瞬時に理解したようだ。
疑われていることを察したナギサは、急いで照れ笑いを浮かべる。
「あはは……その、憧れでしたので……まさかこの学園でお会いできるとは思わず……感極まってしまいました……。もちろん、私はお会いしたことはなかったのですが……」
ナギサがそう答えると、一瞬ミャーの瞳がギランッと光ったようにナギサには見えた。
「へぇ……彼女がこの学園で……教師をしていることは……有名なはずだけど……知らなかったんだ……?」
「――っ!?」
思わぬ指摘をされ、ナギサは動揺してしまう。
英雄と呼ばれるようになった彼女がお嬢様学園で働いていれば、当然生徒たちは親や知人に自慢をしたりするだろう。
そのせいでミリアが学園にいることは、学園外部にも知れ渡っているようだ。
しかし、冒険者としてあちこち飛び回っていたナギサは、そのような世間話を聞く機会がなく、存在を知らなかった。
パーティなどで貴族と話しても、たいていは貴族自身の話をされたり自慢をされたりしていただけなので、お嬢様学園の話などしなかったのだ。
ましてや、教員や生徒の情報など外部からは入手できないので、ナギサが事前に知ることは不可能だった
ミャーたちのようなお姫様であれば、また話は違ったのだが。
「ほ、ほら、私は貴族になって間もないですし――」
「――そこのお二人。何を先程からお話をしておられるのですか?」
なんとか誤魔化そう。
そう思ってナギサが理由付けをしていると、離れたところから注意する声が聞こえてきた。
視線を向けると、ミリアが腕を組みながらナギサとミャーを見据えている。
どうやら、話をしていたことで目を付けられてしまったらしい。
「い、いえ、なんでもありません……!」
ナギサは急いで首を横による。
しかし――ナギサが声を出したことで、その声を聞いたミリアは目を見開いてしまった。
「今の声……まさか……? いえ、そんなはずは……。だってあの人は、男のはず……何より、年齢も私と同じでしたし……。ですが、体格は似ているような……? いえ、あの人がいるなんて、ありえません……万が一そうだったとしたら、バレたら処刑ものですからね……。きっと、他人の空似です……」
何やら、口元に手を当てて俯きがちにブツブツと独り言を呟くミリア。
ヒューマンのナギサはもちろんのこと、耳がいい獣人系の生徒たちでさえ聞き取れないほどの小さな声ではあったが、その様子を見ていてナギサは血の気が引いた。
なんせ、明らかにナギサの声に反応して、彼女は独り言を呟き始めたのだから。
(バレてたら、どうしよう……?)
そう思わずには、いられなかった。
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