第18話「噛みついてくる猫」

「ふぅ……緊張するなぁ……」


 入学式当日の朝。

 ナギサは、学園の制服へと着替えた自身の身体を鏡で見つめながら、おかしい部分がないかを確認する。


 顔にはあまり出ていないが、鼓動は初めて旅に出た時のように激しかった。

 今や百戦錬磨であり、数々の修羅場を乗り越えてきたナギサではあったが、今回のことは今までとまたレベルが違うのだ。


「バレない、よね……?」


 幸いこの数日間、庭付近を歩くたびにミャーに捕まったり、すれ違うたびにリューヒから熱い視線を向けられたり、事あるごとにシャーリーから声を掛けられたりしたが、彼女たちがナギサを男だと疑うことはなかった。

 目聡そうな彼女たちを騙せているのだから、他の貴族令嬢たちも騙せるだろう。


 ――とはいえ、やはりこれからは大勢の前に出ることになるので、不安の気持ちを抑えることはできなかった。


 ナギサはそのまま支度をし、朝食をとりに食堂へと向かう。


 すると――。


「ねぇ、高校から魔法実技に入るのでしょう!?」

「私、今から楽しみで仕方がありませんわ!」


「アリス様とご一緒できるのかしら!?」

「私は、ミャー様とパーティーを組ませて頂きたいですわ……!」


 右を見ても、左を見ても、お嬢様であふれかえっていた。

 会話の内容的に、ナギサと同じ新入生なのだろう。

 奥には、落ち着いて食事をとる、上品なお姉様方の姿が見えた。


 新入生がうるさくしていても気にしていない様子を見るに、毎年このような光景のようだ。


 昨日まで食堂にほとんど人はいなかったので、このお嬢様方は昨夜一斉に帰ってきたのだろう。

 本来夜中に移動など魔物に襲われる危険が高いのだが、学園の敷地を出てすぐのところに各国に繋がるワープゲートがあるので、それを通ってきている限りそのリスクもない。


 もちろん、そのワープゲートを使用できるのは、王族の許可を得ている者だけなのだが。


(圧巻だなぁ……)


 ここまで貴族が集まるところを見るのは、さすがのナギサでも初めてだった。

 過去には国王に頼まれ、仮面を付けたままパーティーに参加したことは何度かあるが、ここにいるお嬢様の数はその数倍の人数だろう。


(とりあえず、僕も席に着かないと……)


 この食堂では、朝昼晩と全て献立こんだてが決められており、席に座ればメイドが配膳してくれる仕組みだ。

 好きなものを選べるのではなく、決められたものを食べさせられるのは、自主性よりも協調性を高めたり、仲間意識を強めるためなのかもしれない。


 この学園自体が、各国が戦争を起こすことがないよう、幼い年齢から共に育て、仲良くさせる目的で作られているのだから。


 ナギサはなるべく目立たないよう、足音を抑えながら自身の席を目指す。

 さすがに気配まで消してしまうと、目には見えるのに存在感がないという違和感を抱かれてしまうので、消すわけにはいかなかった。


 そのせいなのかはわからないが、ナギサは突然後ろから声をかけられる。


「――ねぇ、あなた見ない顔ね?」

「えっ……?」


 ナギサが振り返ると――そこに立っていたのは、赤髪を左右に束ねる小柄な童顔少女だった。

 その頭には、ミャーと同じような形をしたかわいらしい耳が生えており、尻尾も生えている。


 彼女は偉そうに腕を組んで仁王立ちしており、ナギサを見下すような態度で見上げていた。


 一目でナギサは、階級の高い貴族のご令嬢だと理解する。

 そして、とてもめんどくさい相手に絡まれたことも。


 彼女に声をかけられたおかげで、周りのお嬢様たちまでナギサに視線を向けてきていた。


「幼い頃から一緒に育ってきた私たちは、たとえ学年が違ってもお互いの顔を知っているわ。あなた、噂に聞く外部入学生ね?」


 噂とは、なんの噂だろう?

 とナギサは思ったが、よく考えればこの数日、フェンネル以外の貴族令嬢に会うことはあった。

 ほとんどが昨晩学園に帰ってきたとはいえ、それよりも前から帰ってきているお嬢様も当然いたのだ。


 彼女たちには、ミャーたちと一緒にいられるところも見られているので、それで噂になっているのだろう。


 ――とナギサは考えたのだが……。


「ふん、高等部から入ってくるなんて、どういうつもりなのかしら? どうせ、家柄も魔法の腕も、たいしたことないでしょうに」


 ここまであからさまに馬鹿にしてきているのを見ると、そうでもないらしい。

 ミャーをはじめとしたお姫様たちが親しげに接していることを知れば、このようなことはできないはずだからだ。


「えぇ、まぁその通りですが……」


 実力があることを知られたくないナギサは、あえて少女の言葉を肯定する。

 それにより、少女は調子づいたように無い胸を張った。


「ふっ……だと思ったわ。私は、アメリア・ピュアよ。さぁ、あなたも名乗りなさい」


 アメリアは、家柄による格付けをしたいのだろう。

 だから自分から名乗り、ナギサへ同じように名乗ることを求めた。

 おかげで、ナギサは酷い頭痛に襲われてしまう。


(どうして僕は、こうも偉い人たちに目を付けられるんだ……)


 お姫様たちだけでなく、その次くらいに偉いような相手に目をつけられ、ナギサは自分の不運を呪いたくなってしまった。


(それにしても、同じレベルの貴族であるフェンネルさんとは、随分と性格が違うな……)


 おしとやかで上品なフェンネルに比べ、アメリアはかなり血の気の多い性格に見える。

 ここでの下手な揉めごとは戦争にさえ繋がるというのに、このような好戦的な令嬢がいることにナギサは心の中で戦慄していた。


「どうしたの? 名乗られないほど低い家柄なのかしら?」


 ナギサが黙り込んでいると、怖気づいたと思ったのか、アメリアは更に挑発をしてきた。

 歳の差により、相手が子供にしか見えないナギサはイラつくことはないのだが、執着されるのも厄介なのでどうしようかと考える。


 すると――思わぬところから、助け船が出た。


「アメリアさん、彼女にそのような態度はとらないほうがいいと思いますよ……?」


 他のお嬢様たちが静観している中、そう言って間に入ってきたのは――数日前に知り合ったばかりの、フェンネルだった。

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