第19話「騒然とする食堂」

「フェンネル? 何言ってるのよ、強い力がある貴族なら幼少期からこの学園にいるはずよ? そうじゃないってことは、たいしたことない奴ってわけで――」

「いえ、そういう意味ではなく――」


 フェンネルが、アメリアの言葉を訂正しようとした時だった。

 食堂がざわついたのは。


「見て、リューヒ様よ!」

「シャーリー様、ミャー様もいらっしゃるわ!」


 それは、この学園きっての人気者たちの登場だった。

 話をしていたフェンネルとアメリアでさえ会話をやめ、視線を入口へと向ける。

 釣られるようにナギサが視線を向けると――ミャーは、リューヒに首根っこを掴まれていた。


(か、仮にも他国のお姫様に対して、あれはいいの……!?)


 普通なら見ることのない光景に、ナギサはギョッとしてしまう。

 少なくとも、姫に対してしていい行為ではなかった。


「皆、おはよう」

「皆さん、ごきげんよう」


 リューヒは堂々とした態度で、シャーリーはおしとやかな態度で食堂にいる生徒たちに挨拶をする。

 ミャーは眠たげに目を手でこすり、あくびをした。


「ねむい……」

「ほら、皆の前だ。シャンとしろ」

「んっ……しらない……。ベッドに……帰りたい……」


 優しくリューヒが背中を叩くものの、ミャーはまだ寝ていたいようだ。

 寝るのが好きなようだし、朝は弱いのだろう。


「――ミャーは夜型だからね、仕方ないよ」


 すると、三人の後ろからもう一人顔を出す。

 それにより、更に食堂はざわついた。


「アリス、甘やかすでない。ミャーは夜もたいてい寝ているだろ」


 リューヒは仕方なさそうに少女――アリスを見る。

 呆れ顔のリューヒに対し、アリスはニコニコと楽しそうな笑みを返した。


「誰も困らないから、いいんじゃないかな?」

「おかげで、こうして私が運ばないといけないのだが?」


「リューヒさんが好きでしてるんでしょ? 世話好きなんだから」

「私は、自堕落な生徒を更生させたいだけだ」


「リューヒちゃん、口では文句を言いますのに、ミャーちゃんのお世話をしている時楽しそうですよね~」

「シャーリー、其方まで馬鹿なことを言わないでくれ……」


 お姫様四人は、食堂中の視線を一身に浴びえているというのに、全く気にした様子がない。

 いつも注目されていて、慣れているのだろう。

 四人を見つめる生徒たちは全員、憧れの眼差しを四人へと向けていた。


 ――ナギサ、フェンネル以外。


「それはそうと、何やら揉めている生徒がいたようだな?」


 突然リューヒは、ナギサたちへと視線を向ける。

 アメリアがナギサに絡んだ際はまだ食堂へと入ってきていなかったはずだが、アメリアの性格を知っているのなら、見なくても察しが付いたのだろう。


「い、いえ、私たちは何も……!」


 リューヒのことは怖いのか、アメリアがピッと勢いよく姿勢を正した。

 この学園の理念に反することをしていたので、厳しい罰則があるのかもしれない。


 そう期待したナギサだが――。


「意見を交わすのはいいが、ほどほどにしておけよ?」


 リューヒは規則を持ち出すようなことはせず、軽い注意だけで終わらせた。

 もし何か厳しい罰則があるのであれば、ナギサに嫌がらせをしてくる生徒もそういなくなるはずなのだが、どうやら期待外れだったようだ。


「き、気を付けます……」

「あぁ、そうしてくれ。それと、家柄だけで相手を決めつけると痛い目を見るから、やめておけ」

「はい……」


 リューヒに注意され、アメリアはシュンとしてしまった。

 おそらくアメリアは、家柄で人を決めつけることを良しとしなくて、リューヒは注意したと捉えただろう。

 だけどナギサは、思い当たることがあったので少し胃がキュッと締め付けられていた。


 さすがに、実力はバレていないと思いたいところではあるが……。


「あれ!?」


 ナギサがリューヒに気を取られていると、リューヒの視線を追ってナギサに視線を移したアリスが、声をあげた。

 それにより、皆の視線がアリスへと集まる。


「どうかしたのか?」

「あっ、えっと……知り合いによく似た顔の子がいるから、ちょっと驚いて……」


 リューヒが尋ねると、アリスは戸惑いガチに言葉を紡ぐ。

 発せられた言葉を聞き取ったナギサは、血の気が引く思いだった。

 制服の中は、ダラダラと流れる汗でいっぱいとなっている。


「あぁ、ナギサちゃんのことですね。彼女はプリジャール出身なので、アリスちゃんも見覚えがあるのでしょう」

「……なるほど、そういうことかぁ」


 シャーリーの言葉を聞いたアリスは、パンッと手を合わせた。

 どうやら納得したようだ。


 天然な子で助かった……とナギサは思ったが――

(おじい様、相変わらず大胆なことするなぁ)

 ――アリスのナギサに向けられる目はいつの間にか意味深なものになっており、彼女はほくそ笑んでいた。


 当然、それを見逃すようなリューヒやミャーではない。


「ミャー、ナギサは其方のクラスだ。面倒を見てやってくれ」

「「「「「えっ!?」」」」」


 リューヒが突然発した言葉により、食堂にお嬢様たちの驚く声が響く。

 その中には、ナギサやアメリアの声も交じっていた。


「うぅん、違う……。ナギサが、私の面倒を……見るの……」


「「「「「えぇえええええ!?」」」」」


 そして、ミャーが訂正したことにより、更に大きな声が食堂へと響き渡った。


 当然だ。

 見下されているはずの外部入学生に姫君が付くどころか、人を寄せ付けないことで有名なミャーが、ナギサに面倒を見てもらおうとしているのだから。

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