第13話「狙われた理由」

「あなたは……」


 声をかけてきた少女の姿に見覚えがあったナギサは、警戒を解く。

 だけど、せなかった。


 ここまで近付かれるまで気が付かなかったことなど、ナギサは長い冒険者人生の中でもそうそうなかったのだ。


「ミャーちゃん、起きていらしたのですか?」


 猫獣人の少女のことを、シャーリーはミャーと呼んだ。

 それにより、ミャーは不機嫌そうな表情を浮かべる。


「爆発音、うるさかった……」

「――っ」


 爆発音と聞き、ナギサは息を呑んでしまう。

 それが一度目のことを言っているのか、二度目のことを言っているのかによって、ナギサにとっては意味合いが大きく変わってくるのだ。


「少し、トラブルがありまして……」

「んっ、わかってる……」


 ミャーはコクッと頷くと、視線をナギサへと移した。

 何を言ってくるのか――ナギサがそう身構えると、ミャーは自身の小さな胸へと手を添える。


「名乗って……なかったね……。私は、ミャー・ハイエスト……その子の、お友達……」


 ミャーは自己紹介をすると、ナギサがお姫様抱っこしているアリスを指さした。

 どうやらアリスと仲がいいようだ。


 そして、アリスのことを指す言葉や、彼女が名乗った名前により、ナギサは血の気が引いた。


(この子も、お姫様だったのか……!)


 そう――ハイエストとは、四大勢力で西側を収めている国の名だ。

 ミャーはその国のお姫様だったらしい。

 はからずともナギサは、初日のうちにお姫様四人全員と顔を合わせていたようだ。


 ――そのうちの一人は、現在ナギサの腕をベッドにして、スヤスヤと気持ちよさそうに眠ってはいるのだが。


「話、戻すけど……アリス、大丈夫……?」


 最初に聞かれた質問に答えていなかったからか、ミャーは再度同じ質問をぶつけてきた。

 これには、シャーリーが口を開く。


「おそらく、薬で眠らされているだけですね。朝には目を覚ますかと」

「そう……よかった……」


 あまり人付き合いは好きじゃなさそうなのに、ミャーは本気でアリスを心配していたようだ。

 彼女のようなタイプであろうと、アリスは惹き付けてしまうような性格なのかもしれない。

 ナギサの思い出では、少し落ち着きのない騒がしくて甘えん坊な女の子、という感じだったのだが。


「どうして、あの男はアリスちゃんを狙ったのでしょうね……?」


 既に男のことまでミャーは気が付いている、と思ったらしきシャーリーは、アリスが狙われた理由を考え始める。

 もしかしなくても、ミャーの学園での立場は、彼女たちに近しいものなのだろう。


「難しいことは……シャーリーと、リューヒが考えるもの……」


 だけどミャーは、考えるつもりがないらしい。

 普段こういう頭を使うことは、シャーリーに丸投げしているようだ。


「今回は生徒が狙われたのですから、ミャーちゃんにも考えて頂きたいのですが……」


 少しでも知恵があったほうがいいようで、シャーリーは遠回しで真面目に考えろ、とミャーに言った。

 そのせいか、ミャーの視線が再びナギサへと向けられる。


「君は、どう思う……?」

「えっ、私ですか……!?」


 シャーリーならともかく、まさかミャーが振ってくるとは思わず、ナギサは動揺してしまう。

 しかしその動揺は、狙われた理由を考えていない、考えなければならない、ということからではなかった。

 ミャーが振ってきたことにより、やはり先程の戦いを見られていたのではないか、ということに関する動揺だった。


 シャーリーも気になるのか、黙ってナギサを見つめてくる。

 ナギサは正直に答えるかどうか、悩んでしまう。


「難しく……考えなくていい……。君が、思ったことを……言って……」


 ナギサが考えているのはすぐにわかったようで、ミャーが背中を押してきた。

 それにより、ナギサは覚悟を決める。


「……ご質問なされたことからは、ずれてしまいますが……アリス様だけが狙われたと考えるのは、軽視かもしれません……」


 自分の正体を怪しまれるのは避けたいナギサだが、かといって様子見しておける状況でもない。

 組織は既に一度仕掛けてきており、今度いつ仕掛けてくるかもわからない状況だ。

 早急にも手を打っておく必要があるだろう。


 そのために、発言力を持つお姫様二人を味方に付けられれば大きい、とナギサは考えた。


「と、申しますと?」

「アリス様は四大勢力の一つである、プリジャールの王女殿下ではありますので、狙われている理由はいくつも考えられます。しかし、誘拐を立場によるものと仮定した場合、同じ立場にいらっしゃる御方はこの学園に御三方いらっしゃいますよね?」


 ナギサがそう言うと、シャーリーは息を呑み、ミャーは目を閉じる。

 二人とも、ナギサが言わんとすることがわかったのだろう。


「私たちも、狙われていたかもしれない、と……?」

「あくまで、その可能性もあるということではありますが」


 ナギサは確信を抱いているが、周りから見た彼の立場で確信を抱いているのはおかしいことになるため、《可能性がある》という形で進めていく。


「だから……軽視しないほうがいい……ってこと、だね……。アリスが、最初に……狙われた理由は、わかる……?」


 ミャーはナギサのことを否定せずに、更に意見を求めてきた。

 めんどくさがりに見えるのに、有事は頼りになる存在なのかもしれない。


「私は、直接お話をしたことがありませんので、アリス様のことをよく存じ上げません。ですがもしかしたら、一番さらいやすかったのかもしれませんね……」


 この時、ナギサはアリスが最初に狙われた理由に見当が付いていた。

 おそらく内通者がおり、あの男は姫君たちの性格や生活習慣を知っていたのではないだろうか。

 そうであれば、遅い時間帯に湯浴みをするシャーリーはまだ眠っていないため難しい。

 そして、リューヒの三人の誰かとなり、性格と実力から手ごわそうなリューヒを避ける。


 となれば、残る二人のうち、掴みどころがなく曲者そうなミャーよりも、素直で明るいアリスを狙ったのではないか、とナギサは考えていた。


 正体を怪しまれるわけにはいかないので、そこまで進言できないことを歯がゆくも思う。

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