第3話「龍人の姫君」

「お嬢様って、難しい……」


 遠回しに去れと言われたナギサは、首を傾げながら少女から離れていく。

 少し、納得いかない気分だった。


「――ふっ、あの子はまた特別だ」


 突如声を掛けられ、ナギサは足を止める。

 先程、獣人の少女と話している際に見られていることに気が付いていたナギサだが、まさか声を掛けてくるとまでは思っていなかった。

 ナギサは相手に警戒心を抱かせないよう、笑顔でゆっくりと振り返る。


「ごきげんよう。特別、というのはどういうことでしょうか?」

「あぁ、ごきげんよう。質問に関してだが、そのままの意味だ。あの子はうちの生徒の中でも、特別変わっているというだけの話だ」


 ナギサが振り返った先にいたのは、二本の黒い角を頭から生やし、大きな尻尾をお尻から生やした、高潔さが窺える高身長の美少女だった。

 そんな彼女は、口元を緩めながらナギサを見つめている。


 空のように綺麗な青い髪を長く伸ばす彼女は、凛とした顔立ちをしており、仕草からはクールな印象をナギサは受けた。


(エルフよりも気高いと謂われ、古代の最強種、ドラゴンの血を引く龍人……。会ったのは久しぶりだね……)


 龍人はヒューマン、エルフ、獣人に比べて繁殖力がとても低い。

 東の勢力は龍人が収めているが、勢力内で龍人の割合は多くないと言われている。

 しかし、種族としては現代最強とまで謂われていた。


 ナギサも長い冒険の中で何度か出会ったことがあり、戦ったこともあるので、それが過大評価ではないことを知っている。


 それと、もう一つナギサには気になることがあった。

 それは――。


(てか、お嬢様ってみんなとんでもない美少女なの……?)


 ということだ。

 先程の獣人の少女といい、目の前にいる龍人の少女といい、方向性は違えど、ナギサが今まで会ってきた中でもトップクラスの美しさを誇っている。

 もしナギサが彼女たちと近しい年齢であれば、恋心を抱いていたかもしれなかった。


 ――だけど当然、そんなことを顔や態度に出すわけにはいかない。 


「そうなのですね……。申し遅れました、私はナギサと申します」


 龍人の少女がどういうつもりで話しかけてきたのかを知るために、ナギサは姿勢を正して自己紹介をした。

 それに対し、少女は優しい笑みを浮かべる。


「あぁ、知っているよ。私はリューヒ・ウーディ。其方そなたに挨拶をしようと思って来たのだ」


 薄々そんな感じはしていたが、名前を聞いたことでナギサは少女の正体に確信を抱く。

 まさか、こうも早く接近することができるとは思わなかった。


 ナギサは高鳴る鼓動を抑えながら、戸惑うお嬢様を演じて口を開く。


「どうして、ウーディの姫君がわざわざ私などに挨拶を……?」


 そう、ナギサに声を掛けてきた彼女は、東の勢力を収めるウーディという国の姫君だったのだ。

 いつかは接触したいと考えていたナギサだが、初日に出会うことができるなど思いもしていなかった。


「ほぉ……私のことを知ってくれているのか。それは嬉しいな」

「貴族で、その名を知らない方はいらっしゃらないかと……」

「ふっ、そうかもしれないな」


 リューヒは優しい笑みを浮かべたまま、チラッと先程の少女のほうを見る。

 ナギサも釣られて視線を向けるが、少女は気持ち良さそうに日向ぼっこを続けたままだった。


「私は新二年生なのだが、縁あって生徒会長をしている。だから、本日入寮するという外部入学の生徒に、挨拶をしたかったんだ」


 それは、挨拶という名の確認だ、ということを早々にナギサは察した。

 学園の入学や入寮はあっさりとしたものだったが、このお姫様は自分の目でナギサを確かめに来たようだ。


 それが、生徒をまとめる者の責務なのだろう。

 そして、学園側とは違い、ウーディの姫君なら多少手荒な真似をしても揉み消すだけの権力を有している。


 ナギサはボロを出さないよう、警戒心を強めた。

 もちろん、先程の無意識に技術を使った時とは違い、こちらが警戒しているということが相手にバレないようにだ。


 しかし――。


「確か、其方は父君が功績を挙げて貴族になったそうだな。そのため、礼儀作法がまだつたない、というのを聞いてはいたが――其方、冒険者でもしておったのか?」

「――っ!?」


 絶対にバレないようにしたつもりだったナギサだが、リューヒになぜか見破られてしまったようだ。

 彼女は目を細めて、試すようにナギサを見つめている。


「いえ、お父様に幼い頃から鍛えて頂いてはいましたが、これまで旅に出たことはありません」


 ナギサは動揺をすぐに消し、ニコッとかわいらしい笑みを浮かべた。

 それにより、リューヒはクスッと笑みを零す。


「そうか、すまなかったな。鎌をかけてみただけだ」


 どうやら、ナギサの仕草などでバレたわけではないらしい。

 そのことに内心安堵するナギサだが、当然顔に出したりはしない。


「怪しい者に見えましたか?」

「いや、単に私の勘がそう告げていただけだ。気にしないでくれ、私の勘はよく外れるからな」

「あはは……」


(本当かな……?)


 とナギサは思うが、迂闊に踏み込むことはできない。

 それどころか、彼女となるべく親しくしたいと思っていたナギサだが、彼の勘は告げていた。


(これ以上、この人と関わないほうが良さそうだね……)


 ――と。


 深く関われば、自分の正体が見破られると思ったのだ。


「そうだ、君はアリスの国の子だったな。ほとんどの生徒はまだ帰省から戻っておらぬが、彼女は寮に残っているはずだ。会いに行ってみるか?」


 さっさとこの場を立ち去ろうとしたナギサだが、リューヒは突然アリスの名前を持ち出してきた。

 呼び捨てをしていることから見ても、彼女とアリスは親しい関係にあるのかもしれない。

 この誘いに、ナギサは悩んでしまう。


 ナギサがこの学園に潜入していることは、護衛対象であるアリスも知らない。

 国王曰く、『敵を騙すにはまず味方からじゃ』ということで、アリスに教えていないそうだ。

 だからこそ、こうして近付けるチャンスがあるのであれば、ナギサはアリスにも接触しておきたかった。


 もちろん、正体を明かすようなことはしない。

 他の王女たちと同じく、護衛や監視がしやすいように、仲を深めたいだけなのだ。


 しかし――万が一アリスが自分のことを覚えていた場合、反応でリューヒに疑われるかもしれない。

 勘がよく外れると言った彼女だが、ナギサはその言葉を信じていなかった。


 となれば、リスクを考えて遠慮しておくほうが安全だろう。


「いえ、私は姫様に認知されておりませんので、突然ご挨拶に伺ってもいい顔をなされないと思います」

「安心しろ、アリスはそのような子ではない。天真爛漫で自由人なところはあるが、心優しくて来る者拒まずな子だ」


 ナギサはその言葉を聞いて、アリスが幼い頃から変わっていないことを知り、嬉しく思う。

 だけど、それならば尚のこと会うわけにはいかない。


 もしナギサのことを覚えていれば、彼女はあっさりと口に出してしまうだろうから。


「また機会がありましたら、その際に挨拶をさせて頂きます」

「そうか……まぁ、其方がそう決めたのなら仕方がない」

「では、私はこれで――」

「いや、まだ話はある」


 さっさと立ち去ろう。

 そう思って逃げようとしたナギサだが、まだリューヒからは逃がしてもらえないようだ。


「どうなさいました?」


 もう逃がしてよ……とナギサは思いながらも、怪しまれないよう笑顔で対応する。

 そんな彼に対し、リューヒは重々しげに口を開いた。


「今年の新入生で外部入学は、其方だけだ。昔とは違い、昨今外部入学は珍しくなっておってな、たいていの貴族は幼少期からこの学園に令嬢を預ける。もちろん、其方のようなケースもあるので、まったく外部入学の生徒がいないわけではないが……」


「あまり、いい顔されていない、ということでしょうか?」


 リューヒが言いづらそうにしたので、ナギサは言葉尻を奪って笑顔で尋ねる。


「あぁ、そうだ。誤魔化して後で辛い思いをさせるよりも、今教えておいたほうがいいと思ってな」


 彼女はナギサの言葉を意外そうに捉えながらも、神妙な面持ちで頷いた。

 当然、それくらいのことはナギサも想定していた。


 今の時代、貴族などの権力者はこぞって、幼少期からこのお嬢様学園に預ける。

 むしろ、預けなければ笑い者にされたり、見下されたりするほどだ。


 それにより、幼い頃から共に育った学生たちが、新たに外部入学で来たよそ者を歓迎しない、ということは想像に難くなかった。


 とはいえ、自分の代で外部入学が他にまったくの零とは、ナギサも思っていなかったのだが。


(今年の外部入学が僕だけなら、既に上級生の中に外部入学でまぎれこんでいるのか、もしくは入学などの手間を取らずに外部から襲ってくるつもりか……。一つ線が潰れたのは、大きいな……)


 自分の代で外部入学をする生徒がいれば、当然その生徒は疑わなければならない。

 その数が多ければ多いほど、監視対象は増えてしまうので、却って零だったことがナギサの負担を減らしてくれた。


 ナギサはそのことを運がいいと思いつつ、リューヒに笑顔を向ける。


「ご心配頂き、ありがとうございます。ですがご安心ください。皆様に揉まれながら、沢山のことを学んでいきたいと思っております」


 勘の鋭そうなリューヒに気に掛けられたくないナギサは、目一杯の笑みを浮かべてそう伝えた。

 心の中で、(僕のことは放っておいてください……!)と全力で思いながら。


「そうか……。何かあれば、私を頼るように言うつもりだったが……ふむ、ならば頑張ってくれ。もし何かあれば、遠慮なく私のもとに来ればいいからな」

「はい、ありがとうございます。それでは、失礼致します」


 ナギサは深々と頭を下げて別れの挨拶をした後、リューヒに背を向けてゆっくりとした足取りで離れていく。

 優雅に歩く姿は、他の貴族から見ても立派に見えることだろう。


 しかし、内心は――

(助かったぁあああああ! まじで怖かったよ、女装がバレるんじゃないかって!! あの人、結構年下のはずなのに、眼光が鋭くて全然そんなふうに見えなかったんだけど……!?)

 ――かなりヒヤヒヤだった。


 女装がバレれば一貫の終わりなので、それも仕方がないのだが。

 とにかくナギサは、リューヒに目を付けられなくてよかったと、心の底から安堵していた。


 なお、リューヒのほうはというと――

「面白いのが入ってきたな……。隙だらけに見えて、こっちが踏み込めばやられるような気配を纏う者など、父上以来だぞ……。もしかしたら、私よりも強いのか……? それに、学園においての自分の立場を理解している上で、あの余裕……いったい何者だ……? ふふ……一度、手合わせ願いたいものだな……」

 ――不敵な笑みを浮かべながら、ナギサの背中を見つめているのだった。



=======================

【あとがき】


読んで頂き、ありがとうございます(*´▽`*)


次回、お風呂回です!!

そして、察しが良い皆様はもうわかっているかもしれませんが、

また誰か出てきます!笑


話が面白い、キャラが魅力的と思って頂けましたら、

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これからも是非、楽しんで頂けますと幸いです♪

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