第2話「眠たげな猫娘」

「――まさか、こんなにもすんなりと入れてもらえるなんて……」


 ナギサは、自身の長い髪を指で触りながら、高価な家具が置かれている新たな部屋を見回す。

 国王に頼まれてから一ヵ月が経ち、ナギサはお嬢様学園の寮に入ることができたのだ。


「一応検査はあったけど……入学には国璽こくじ付きの推薦状が必要になる代わりに、それを持つ者は信用され簡単な検査で終わる……って、普通に考えたらまずいよね……」


 要は、国璽こくじ付きの推薦状さえ入手できれば、悪人であろうと簡単に潜入できてしまうのだ。

 現にナギサも、体を調べられることはなく、薬で髪を伸ばしただけで入学と入寮を認められてしまった。


 とはいえ、その国璽こくじ付きの推薦状を入手するのが難しく、各国の王たちへの信頼があることと、預かる権力者のご令嬢たちに綿密めんみつな調査や検査をしづらい、というのが理由になるのだろう。


「とりあえず、入学式が行われる日まで数日あるけど……迂闊なことはできないよね……」


 本当なら、学園内を隅々まで調べて怪しい箇所がないか、怪しい人間がいないか、どれだけの生徒がいるのかなどを把握しておきたい。

 しかし、学園内について外部には秘密にされているため、ナギサは建物もよく知らない上に、学園側から目を付けられかねない行動になる。

 そんなリスクは負えないので、生徒として怪しくない範囲しか行動はできないだろう。


 そのことを十分承知しているナギサは、とりあえず組織に狙われるであろう最重要人物たちのことを考える。


「陛下の口ぶり的に、狙われてるのはアリスちゃんだけじゃないよね……。奇しくも、今この学園には、東西南北それぞれの勢力を占める国の、姫君たちがいるんだし……」


 この世界には数々の国があるが、どの国もバラバラではなく、団結をしている。

 それが、この学園を中心として綺麗に東西南北と別れているのだ。


 北の勢力を統治するエルフの王族。

 東の勢力を統治する龍人の王族。

 西の勢力を統治する獣人の王族。


 そして、ナギサがいた南の勢力を統治するヒューマンの王族。


 なんの因果か、その王族である姫君たちがこの学園の高等部に集まっているのだ。


「始まりの英雄たちの子孫……叶うなら、別の形で会ってみたかったな……」


 よりにもよって、こんな厄介ごとでお目にかかる機会がなくても……と、ナギサは嘆いた。


「まぁ、思い詰めてても仕方がないか……。せっかくの快晴なんだから、敷地内を散歩してみよっかな」


 そう考えたナギサは、部屋を後にした。

 ぶっつけ本番で大勢の生徒たちと会うよりも、こうして散歩をし、あわよくば出会った人間と話をして、学園の雰囲気と生徒たちに慣れておこうと思ったのだ。


 そうして、散歩をしていると――。


「……♪」


 庭で気持ちよさそうに日向ぼっこをしている生徒を発見した。


「芝の上で丸まってる……。見たところ、猫系統の獣人かな?」


 ナギサが見つけた生徒は、猫のような耳と尻尾を生やした女の子だった。

 髪も耳も尻尾も美しい銀色で輝いており、毛並の良さが窺える。

 さすがお嬢様学園の生徒――と思いながら、ナギサは静かに彼女へと近付いていく。


「お嬢様でも、芝の上に直接寝たりするんだね……」


 そんなことを呟きながら近付いたナギサに対し、少女は気怠そうな顔を向けた。


「――っ」


 少女の顔を見たナギサは、思わず息を呑んでしまう。

 獣人なのでヒューマンと同じ顔付きをしている少女だが、眠たげで気怠そうにしているにも関わらず、ナギサが今まで出会ってきた女性たちの中でも、飛びぬけて美しい顔立ちをしていたのだ。

 まだ幼さが残ってはいるが、将来美人に育つことは間違いないだろう。


「…………」

「あっ……えっと……ごきげんよう」


 ジッと見つめられて我に返ったナギサは、ニコッと笑みを浮かべながらも憶えたばかりの挨拶をしてみた。

 しかし、少女から返事はない。


(あれ、これもしかして、初対面で嫌われた……!?)


 気まずい雰囲気が流れ、何も言わず細めた目で見つめられているナギサは、自分の行動がまずかったと考える。

 一応仮面を被りながらもいろいろな人と出会ってきたナギサだが、活発な冒険者や困っている依頼主、気高くて偉そうな貴族がほとんどだったので、彼女のような人は見たことがないのだ。

 どうしたらいいのかもわからず、少女の次の動きを待つ。


 すると――。


「君、不思議……」


 少女は小さな声で、話しかけてきた。


「何がでしょうか……?」

「足音がとても静かで……この距離まで、気配がしなかった……」

「あっ……」


 ナギサは、冒険者時代に気配を消す技術を身に着けている。

 モンスターと戦う際や巣に潜る際に役立つ技術であり、普段街などでは使わないのだが、寝ているかもしれないと思って静かに近付いた際に、癖で使ってしまったようだ。


「厳しい家で育った者で……」

「そう……静かでいいと思う……」

「あはは……」


(不思議な子だな……。掴みどころがない……)


 少女が何を考えているのか、表情や仕草から読み取ることはできない。

 というより、何も考えていないんじゃないのか、とすらナギサは思ってしまう。


 ナギサも初めて見る性格の子に興味を持ち、このまま話してみたいと思った。


「私はナギサと申します。失礼ながら、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 優しい笑みを意識しながら、腰を低くして尋ねるナギサ。

 しかし、少女の表情は一瞬のうちにムッとしたものに変わった。


「やだ……」

「えっ……」


 名前を聞いただけなのに、どうして拒絶されるんだ。

 ナギサはそう思うものの、まさか断られるとは思っていなかったので、どう対応するのが正解かを瞬時に考える。


「嫌なら仕方がありませんね」


 少女の事情はわからないけれど、断られた以上踏み込むのはやめたほうがいい。

 そう判断したナギサは、笑顔で気にしない素振りを見せた。


「……君、外部入学だね……?」


 名乗ることを嫌がった彼女だが、ナギサと話すことは嫌じゃないらしい。

 むしろ、ここで話を終わらせることができたのに、彼女のほうから続けたので、興味を持ってもらえた節さえある。


「えぇ、そうなのです。本日入寮したばかりでして、右も左もわからないのですよね」


 自分が拒否られていないとわかると、ナギサは少女と話を続けることにした。

 先程の聞き方からしても、彼女はアリスと同じ中等部から上がってきた生徒の可能性が高い。

 もしくは、上級生ということになる。


 少しでも学園や生徒の情報を知る必要があるナギサからすれば、内部のことを知っている人物と仲を深められるチャンスを逃すわけにはいかないのだ。


「だと思った……。うるさくなくて、いいね……」


(うるさくない? お嬢様学園の生徒なら、騒ぎそうにないけど……?)


 ここに入学している生徒たちは、王族か貴族ばかりだ。

 ナギサが出会ってきた貴族の女性たちは、プライドが高いけれど、自分たちを高貴な存在と見せるために、上品でおしとやかな人が多かった。

 少なくとも、馬鹿騒ぎするようには思えないのだ。


 もちろん、例外はまれにいたのだが。


「ねぇ……」

「はい?」

「眠たい……」

「…………」


 てっきりこのまま話せると思ったナギサなのだけど、暗に『寝るからどっか行け』と言われてしまうのだった。

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