散歩2日目 「飛ぶ教室」エーリヒ・ケストナー
今日はクリスマス!
クリスマスにまつわる作品が読みたい、見たい、という気持ちになりますね。
そんなこの時期にご紹介するのは、エーリヒ・ケストナーの「飛ぶ教室」です。
タイトルは聞いたことがある、という方もいるのではないでしょうか。
わたしは、この作品がものすごくものすごく好きです!
ケストナーの大ファンになったのも、「飛ぶ教室」がきっかけです。
読書感想文が苦手な子どもでしたが、この読書録で、「飛ぶ教室」の魅力を余すことなくお伝えし、より多くの方に好きになっていただけたら嬉しいです。
※以下、ネタバレを含みます。
●あらすじ
クリスマスを目前に控えたある日。
ドイツの寄宿舎学校に通うマルティン、ジョニー、マティアス、ウーリ、ゼバスティアンの仲良し五人組は、クリスマス劇「飛ぶ教室」を上演する準備を始める。
クリスマスに浮足立つ中、寄宿舎学校の通学生徒が実業学校の生徒たちに襲われ、一人は人質として捕らわれてしまう。
こんな困った状況において、頼りになる大人が一人いる。それは、学校の裏手にある廃バスに住む禁煙さんという男性だ。禁煙さんは寄宿舎学校の生徒たちの心のよりどころで、良き理解者でもある。
そんな禁煙さんの知恵を借りながら、寄宿舎学校の五人は人質を奪還することができる。
その後、寄宿舎学校の規則をやぶって外に出たことで、五人は舎監の元に呼び出されてしまう。しかし舎監、通称道理さんは、五人を咎めることは無かった。友人の奪還のため、正義の元に動いたのだと知ったからだ。道理さんもまた、禁煙さんと同じく、子どもたちの良き理解者なのだ。
友人が無事に帰って来て、道理さんにも怒られず、平穏を取り戻した子どもたちだったが、また別の悲劇が起こる。
一つはマルティンの元に届いた家族からの手紙だった。
手紙の中には、帰りの旅費が無かった。つまり、マルティンはクリスマスに家へ帰ることができないのだ!
もう一つはウーリの起こした大事故だ。弱虫だとはやし立てられてばかりのウーリは、みんなを見返そうとある計画を実行するが……。
寄宿舎学校の五人は無事にクリスマス劇「飛ぶ教室」を上演することができるのか。
そして、家族や大切な人と温かなクリスマスを迎えることができるのか。
あらすじはいかがだったでしょうか。他にも書きたいことが多すぎて、まとまっていなかったらすみません。あらすじを読み、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。
●「飛ぶ教室」の魅力について
ここからはより興味を持っていただくため、「飛ぶ教室」の魅力についてお話します。
魅力1 子どもたち
マルティンをはじめとした子どもたちはとても生き生きとし、正義感がありつつも、年相応の無邪気さや残酷さを持っています。
まずはマティアス。
彼はボクサーを目指す食べ盛りの少年です。仲良しのウーリが怪我をした時は、誰よりも献身的になり、ウーリを喜ばせようと奮闘しますが、普段は「チビ殿」とからかうように呼ぶこともあります。
次はウーリ。
彼は弱虫、泣き虫としていつもからかわれています。それが悔しくて、ある事件を起こします。かなりの大事件です。しかし普段は温厚で、下級生や友達には誰よりも優しい心のきれいな少年です。オバケに扮した上級生を怖がる下級生に「ぼくも最初の年は泣いたよ」と言って励まします。
ゼバスティアン。
彼は実業学校の生徒との対決で頭脳を活かして活躍します。いつも毅然として、少し上から目線の少年です。怖がりだという自分の欠点を周りに伝える勇気も持ち合わせています。彼は終始強い子でした。
ジョニー。
ジョニーの生い立ちに関しては、胸が締め付けられます。端的言えば、育児放棄です。孤児である彼は、クリスマスは寄宿舎に残ることが決まっています。恐らく寂しい思いをしているでしょう。しかしジョニーはいつも思いやりにあふれています。
また、ジョニーは素晴らしい作中劇「飛ぶ教室」の作者です。劇の内容は実際に観てみたくなるほど興味深く面白いものです。ケストナーの「飛ぶ教室」だけではなく、ジョニーの「飛ぶ教室」もいつか全編を読んでみたいものですね。
作家を目指しているジョニーの文才は、世界を広く見る目によるものでしょう。彼が星空を眺めて物思いにふけっている場面は、文豪・ジョニーの美しい言葉選びが見られる場面です。ぜひ読んでいただきたいです。
最後はマルティン。
マルティンは成績優秀で、正義感にあふれています。貧しいながらも愛情を注いでくれる両親への愛情はとても深く、クリスマスには両親へ絵のプレゼントを用意します。彼は画家を目指しているのです。そんな彼がクリスマスに家族と一緒にいられないだなんて! 読んでいる方もつらくなります。しかもクリスマスはドイツ人の彼らにとってはお正月のようなもの。家族で穏やかに過ごす日です。そんな大切な時期に家族と過ごせないのは、本当につらいでしょう。家族が好きであればあるほど。 しかしマルティンは強い子でもあります。「泣くのは厳禁!」と何度もつぶやきながら、涙を堪えます。
こうして書いているだけで、子どもたちへの愛しさが湧いてきます。
良い面も悪い面もある、実に人間味がある子どもたちなのです。
他にも寄宿舎学校の生徒たちは登場し、それぞれ違った魅力があります。この5人を含め、きっと好きになる人物が見つかるはずです。
魅力2 大人たち
まずは禁煙さん。
「禁煙さん」という名前は、もちろん子どもたちが付けたあだ名です。
昔は医者で、今は食事処でピアノを弾いて生計を立てている不思議な男性です。子どもたちの話に耳を傾け、対等な意見を述べてくれる、子どもにとっては信用できる大人です。子どもたちを深い愛情と共に見守る姿は、まるで本物の父親のようです。
次は道理さん。
これも子どもたちが付けたあだ名です。
舎監である道理さんもまた、深い愛情で生徒たちを包み込んでいます。子どもたちの話を聞き入れる姿もあり、その姿もまた本物の父親のようです。
道理さんの行動にはいつも心が打たれます。本当に強く優しい人なのです。
このふたりの大人に関しては、深いつながりがありますが、今回はあえて触れません。ぜひ実際に読んでみてください。きっとふたりのことを好きになります。
他にも大人は登場しますが、みなさん思慮深く、温かく子どもたちを見守っています。ケストナー自身がそのような目で子どもたちを見ていたのだろうということが、彼の作品から伝わってきます。 ケストナー作品のような大人になりたいものです。
魅力3 作中に散りばめられた印象に残る言葉
これはケストナー作品に共通している魅力でもあります。作品に散りばめられた言葉を読めば、ケストナーが美しい心を持っていた人物であったことが分かります。 今回は特に好きな言葉をご紹介していきます。
マルティンの言葉
「このぼくは〔中略〕出発できない。両親が大好きだし、両親もぼくをとても愛している。にもかかわらずいっしょにクリスマスイヴを過ごすことができない。どうしてそれができないのか? お金のせいだ。どうしてぼくたちにはお金がないのか? 〔中略〕ぼくたちは悪い人間か? 違う。原因は何か。世の中が公正ではないからだ。そのために多くの人が苦しんでいる。どうにかしようとしているいい人々がいるが、クリスマスイヴはあさってなのだ。とてもそれまでに世の中を直せやしない」(1)
クリスマスの休暇を寄宿舎学校で過ごすことになってしまったマルティンの悲痛な思いが現れている言葉です。十五歳未満の子どもがこんなにもつらい思いをしているだなんて、大人として胸が苦しくなります。 またケストナーの言葉選びも秀逸です。「平等」でも「公平」でもない、「公正」という言葉を用いている点が、この場面を一層厳しくつらい印象にしていると感じます。
禁煙さんの言葉
「ぼくはただ、何が大切なことだか、考える時間をもつ人間がもっといてほしいだけなんだ。金、地位、名誉、みんな他愛ないしろものだ! 子どものおもちゃのようなもので、ほんとうの大人には何の意味もない」(2)
現代人にとって大切な言葉です。いつも胸にこの言葉を刻んでおきたいものですね。
ゼバスティアンの言葉
「多くの臆病者と較べてウーリには、ずっと深い恥らいがあったということだ。ウーリはまったくすなおで、純粋なやつなんだ。勇気がないことを、誰よりも気にしていた! 〔中略〕こっそり打ち明けるのだけど、ぼくはとてもこわがりなんだ。ただ頭がいいから、それを悟らせないだけだ。勇気がないってことを、あまり気にしない。恥じたりもしない。それも頭のいいせいだろう。人には誰でも欠点や弱点がある。それをわからせないかどうかが問題なんだ」(3)
ウーリの起こした事件の後のゼバスティアンの言葉です。
ウーリの素晴らしい素直さ、ゼバスティアンの物事を俯瞰した姿勢が現れている場面です。ゼバスティアンは主要人物の五人のうち最も好かれにくいかもしれませんが、わたしはこの場面でゼバスティアンを好きになりました。
わたしは欠点をさらす勇気もなければ、それを隠すほど頭も切れません。また欠点や弱点を認める強さもありません。せめてゼバスティアンをお手本に、賢く生きていけると良いなと思います。
七年生のフリッチュの言葉
「教師にはどうしても逃れられない義務と責任がある。自分を変えていく能力を保持していることだ。そうでなきゃあ、生徒は……授業のレコードを回していればいいことになる。……必要なのは教師であって、二本脚の缶詰じゃない! ぼくらのことを成長させたいのなら、自分も成長する教師でなくてはならないんだ」(4)
とても良い言葉ですが、この場面自体は気分が良いものではありません。 ただこの言葉は真を突いています。大人には耳が痛い言葉ですが、決して聞き逃してはいけない言葉でもあります。
ジョニーの言葉
「どの屋根の下にも人が暮らしている。一つの町に、なんとたくさんの屋根があることだ! 僕たちの国には、なんとたくさんの町があることだろう! ぼくたちの住む星には、なんとたくさんの国があることだ! この宇宙には、なんとたくさんの星があることだろう! そこに数え切れぬ幸福が散らばっている。そして不幸も……。」(5)
先述したジョニーが星空を眺めているシーンの言葉です。 つらく寂しい人生を歩んできたジョニーの苦しみと同時に、未来への確かな願いが感じられる場面です。 わたしはある小説で読んだ「持っていて良い面しかないものはない」という言葉が好きなのですが、この言葉もそれと同じ意味があると思っています。
何かが存在する限り、幸も不幸もある。それを知った時、一度は絶望するかもしれません。しかし不幸が永遠に続くわけではないと知った時、幸も不幸もあると知った時、人生は明るいものになるでしょう。
このように、「飛ぶ教室」には印象に残り、心の中で大切にしたい言葉がたくさん散りばめられています。今回紹介しなかった言葉もたくさんあります。
ぜひ注目して読んでいただけたら嬉しいです。
そして、この作品最大の魅力は、素晴らしい子どもたち、大人たちが活躍し、素敵な言葉が散りばめられた物語そのものです。
もうこれは、読んでいただければおわかりいただけることでしょう。
絶対に後悔はしません。
本を閉じた時、残るのは、温かく優しい気持ちです。
改めまして、今日はクリスマス。
ぜひ本屋さんへ行き、「飛ぶ教室」を手にとっていただけたら嬉しいです。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
多くの方が「飛ぶ教室」に興味を持ってくださっていたら嬉しいです。
それでは、メリー・クリスマス!
≪参考文献≫
(1~5)エーリヒ・ケストナー.飛ぶ教室.池内紀訳,新潮文庫,2014,148p,158p,144p,110p,117p
魅惑の異世界散歩 唄川音 @ot0915
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