9話 修羅場に遭遇

「なぁ、もう一度聞くが3分で間に合うのか?」


「3階なら歩いて上がっても2分程度で着く、だから多分間に合いはする」


 3分。

 

 世間一般ではカップラーメンが出来上がるまでの時間として広く認知されているが、俺らがさっきから言っている3分とは、"現象を見てから起こる時間"の事である。


 初めてあの現象を目にした時。タイマーをつけてから栞が机にぶつかるまでほぼ3分だった。


 その後も一ヶ月に一度のペースで同じような現象を目にしたがどれもこれもほぼ3分で起こった。


 ある時は雨が降り、ある時はゴミが飛んでいった。


 思えばコージと仲良くなったのもこれがきっかけだった。


……いつもならここで回想に入るが、コイツとの出会いを説明するのも癪なので割愛する。


え?説明しろって?


……コイツが階段で足を滑らせる未来を見た、それだけだ。


「ハァッ……ハァッ……ここだ」


「ここか……ってここ屋上じゃねーか!」


 コージは息一つ切らした気配もなくそう言う。なんでコイツは疲れてないんだよ……


「もしかして、お前……生徒代表さんのことをそんなに……!」


 コージが感動したように手を合わせて目をウルウルさせている。


「あー!あー!断じて違うからな!断じて!!」


「ははは、ところでお前はどうするつもりなんだ?」

 

 あたかも泣いて居たかのように、準備していた目薬をぬぐい俺の肩に手を置く。


「……分からん、どーにかする」


「まさか策なしで挑むとはッ!クーッ!漢だぜ!!」


 コイツはさっきから状況を分かってんのか分かってないのかどっちなんだよ。


「……きです、だから!僕と!!」


 ドア越しに声が聞こえ、コージと顔を見合わせて2人して覗き込む。


「何度も言いましたが、ごめんなさい。あなたとは付き合いません」


 恐らく淡々とした声で言う。


「どうして……ずっと、僕は君のことだけ見て……君だって僕のことを……」


「……そもそも、私達って初対面ですよね?」


 先ほどと一切変わらないトーンで弐寺目さんは頭を下げている男に告げると、男は震えながら顔を上げた。


「ははは……お、面白い冗談を言うんだね、愛香は」


「冗談ってなんですか?私は事実を言ったまでです」


「なんで……なんでなんだよ!!」


 男が唐突に怒鳴り声をあげ、弐寺目さんがビクりと肩を揺らす。


「君はいつもそうだ……ボクのことなんてちっとも見てくれない……なんで……なんでなんだよ……」


「もう、いいや……どうせ君はボクを見てくれない、もうどうなったって……」


 ゆらりゆらりと弐寺目さんに歩み寄り、手を伸ばそうとしたその時。


 隣で見ていたコージが屋上のドアを勢いよく開く。


「ちょっ!お前何を!」


 何をしてるんだよと口を開く暇もなく、コージに背中を突き飛ばされ、非常階段から追い出された。


「そろそろ、お前の出番だろ〜?頑張れよっ!」

 

 コージはニッと笑い親指を立ててドアを閉めた。春とは思えない程、屋上で吹いていた風は酷く冷たく、肌をチクチクと針で突かれるような感覚が走る。

 

「君は、誰だ?」


 男の声がして振り返り、口を開く。


「……柊木信乃だ」


「何をしに来た!!」


 男はゆらりとした歩みを止め、声を荒げた。


(何をしに……か、ここからどうしたもんか……)


 ちらっと弐寺目さんの方を見ると、彼女もまた俺を見ていたのか、目が合う。こんな異常な状況というのにも関わらず、表情は乏しく、栗色の髪の毛が風にさらさらと流されていた。


「……じゃあ、君の愚行を止めに来たとでも言えばいいかな?」


 気がつけば俺はまた口を開いていた。


「愚行……愚行とはなんだ、お前にボクの気持ちが理解できるのか!」


 目の前の男の言葉が、声が、頭に響く。その、自己中心的な考えがグツグツとはらわたを煮る。


「たとえ君の気持ちが理解できたとしても、愚行である事には変わりはないな」


 また、口が勝手に開いていた。男と相対し、挑発するように鼻で笑う。

 

「なっ……お前……ッ!」


 男の顔が怒りで赤く染まり、一歩、二歩と距離を詰めると、容赦ない力で胸ぐらを掴んできた。


「君の名前は?」


「……は?」


 目の前にいる男は何を言っているんだと言う目で俺を見る。


「だから、君の名前はなんだ?俺が答えたんだ、君が答えないのは道理に合わないんじゃないか?」


「……れん」


「ん?」


「濱舞蓮だ!!」


「そうか、濱舞蓮。もう一つ質問をしていいか?」


「勝手にしろ!!」


 その答えを聞いた俺は胸ぐらを掴んでいる手を勢いよく掴み返し、跳ね除ける。急な抵抗に脳が追いついて居ないのか、濱舞蓮はへたりと地面に座り込むが、構わずワイシャツを掴み宙に吊り上げる。


「な、なんだ、どういうつもりだこれは!!」


 必死に手や足をジタバタと動かし、抵抗をして来るが、構わずまた口を開く。


「君は、大事なものを失った事があるか?」


「そ、それはどういう……」


「いいから答えろ」


 自分でも聞いた事のないほど低い声が喉を重く通り抜け、目の前の男、濱舞蓮を突き刺すように飛び出した。


 初めての感覚だった、グツグツとはらわたを煮えたぎらせるようなドス黒く、一片の光も無い感情が脳に広がり体を侵食していく。


 昔の俺のように自己中心的な考えを持った、目の前の男に。


 「__おっと、ストップだぜ坊ちゃん。それ以上は良くないからな」


 腕を優しく掴まれ、振り返った先にはコージが居た。


「た……たすけ……」


「だからといってお前を助けに来た訳じゃないからな?」


 コージはいつもと変わりない、いつも通りのトーンで言う。


「とりあえず手を離すか坊っちゃん」


「……あぁ」


 言われた通り大人しく手を離すと、崩れ落ちるように舞浜蓮は座り込む。


「ゲホッ……ゲホ……お前……!!」


「おーっと、舞浜君だっけ?とりあえず俺と話ししよーぜ」


 いつものようなニヤニヤとした笑みでは無く、気持ち悪いほど爽やかな雰囲気を漂わせ、にっこりとした笑みを浮かべながら暴れる舞浜蓮を引きずって行った。


 屋上に二人だけで残されてしまった。


「……えーっと」


 気まずい。超気まずい。こういう時はなんて声をかけるのが正解なんだ?考えろ俺……!!


「……って」


「ん?」


「君、私と付き合ってくれないかな」


「はい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君と僕は忘れることを知らない なめこのおみそ @Namekono-Omiso

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ