一日、二日、しかも健康な状態ならば。
洗濯糊でピシリと糊の掛かった浴衣は心地が良いが。
心身ともに衰弱から立ち直るため、寝たり起きたりが多い龍哉様の肌には、糊付けのされていない、柔らかなものが最適だ。
「……お気に触られましたらどうか、ご容赦を?」
「どうぞ……」
「
「……女将」
「はい」
「やはり、ここに来て良かった」
朝の光が射し込む、調度の整えられた和室で女将と対座しながら。
身の引き締まるような思いで会話する。
「ここに来たあの日に」
「黒橋様」
「貴女はすぐに自ら案内をして下さり。離れに敷かれた布団から羽毛の掛け布団を引き剥がした」
「……ええ」
「そして一番軽い、一番上質な毛布を仲居さんに持ってくるように言って下さった」
「
「英断(すぐれた判断のこと)です。だからこそ今日も私は龍哉様をお部屋で一人に出来るのです。貴女の指揮のもとに動かれている仲居さんたちが居られるからこそ」
「光栄でございます」
「…だからこそ」
俺は言葉を、継ぐ。
「これからは貴女を、女将と呼ばせて頂きたい。本当の意味で」
「……黒橋様」
「御大にも、そう伝えさせて頂きます。遅きに失して申し訳ございませんが」
「光栄に存じます。母は元々、店をほぼ私に任せましてからは、顔出し頻度は常連様への義理上、目に見えて減らしはしませんでしたが、口出しだけは現役。実権だけは手放し
「清代様」
「母の好む取り巻きがこちらにまだ数名おりますが給金を増やしまして屋敷にまとめて移して母の世話でもさせますわ。…かえって喜ぶかもしれません。ここで働く給金の数倍で、母一人の世話だけで済むのならばね。…生き金(使い
「……(笑)」
「(笑)」
「あの人は【死にながら生きていたい】。いえ、もうこの宿の女将としてはとっくの昔に【死んでいる】のを自分で認めたくはないだけなのですよ。でも、私どもは【生きていかなければ】ならない。宿を続かせるという意味だけではなく、ね」
「ご勇退(高い功績を残した者が潔く役職を辞し引退する事)……」
といいかければ、食い気味に言葉が重ねられる。
「
冷たく、透き通った、物言いだった。
「女将……」
「娘が母を更迭する。枯れ葉を摘み、良き芽を伸ばす。無情なことではありますけれど私は今五歳の娘からはそうされないように致しますわ(笑)」
「(苦笑)」
「お部屋に帰っておあげなさいませ」
「女将」
「【業務連絡】はお互いに済みましたでしょう?」
「……はい」
「なにかございましたら内線をご利用くださいませ」
「…はい」
世代交代。
あまりにも鮮やかな。
……きっと、龍哉様はこの女将にも、挨拶をしたいと望まれるだろう。
その時の【挨拶】はきっと……全く違ったものになるだろう。
まずは会長面談。
気を引き締めながら、女将の部屋を退室し。
居室へと戻りながら。
扉が次々と開くように流転してゆく【その時】に、龍哉様のお側にいる事の出来る
ものや想ふと人の問ふまで─色に出にけり我が恋は《番外》 塩澤悠 @gurika
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