幽閉された悲劇の王族詩人シャルル・ドルレアン『獄屋の歌』
しんの(C.Clarté)
王族詩人シャルル・ドルレアンの幽閉生活〜19世紀ヨーロッパでリバイバルされるまで
タイトルの「シャルル・ドルレアン」は、15世紀フランスを代表する有名な詩人です。
狂王シャルル六世の甥(王弟の子)で、拙作『7番目のシャルル』シリーズの主人公シャルル七世(勝利王)の
フランス王国ヴァロワ王朝の傍系王族という立場でした。
英仏・百年戦争の後期、アジャンクールの戦いで敗北して捕虜となり、イングランドに幽閉されている25年の間に、鬱憤を晴らすかのように詩を書き続けました。具体的には、
・シャンソン(歌) :131作
・バラード(韻文詩):102作
・コンプラント(哀歌):7作
・ロンドー(15行詩):400作以上
中には、英語の詩も書いています。
このページでは詩人シャルル・ドルレアンの数奇な運命と歴史的な背景について紹介します。
次ページからは、詩の原文と翻訳を併記しながら、ささやかな感想を載せていきます。背景情報が不要な方は、このページを飛ばして次ページ以降へどうぞ。
◆狂王の甥、シャルル・ドルレアン誕生
1394年11月24日、王弟オルレアン公ルイと正妻ヴァランティーヌ・ヴィスコンティの子として誕生。
シャルル・ドルレアンが生きた時代は、英仏・百年戦争の半ば〜後期に当たります。日本史でいうと室町時代ですね。三代将軍・足利義満の没後から応仁の乱の中間くらい。
オルレアン公シャルル(Duc d'Orléans)、シャルル・ド・ヴァロワ(Charles de Valois)と呼ばれることも。
当時のフランス国王シャルル六世(シャルル・ドルレアンの伯父)は精神が不安定で統治能力に欠けていたため、王弟ルイが摂政を務めていました。
◆父(王弟ルイ)の暗殺とフランス王国の内乱
1407年11月23日、シャルル・ドルレアンが13歳のときに、父ルイが政敵に暗殺されます。
首謀者のブルゴーニュ公(無怖公)は、王妃の愛人だったために罪に問われるどころか赦免され、母ヴァランティーヌは抗議しますが、逆に「陰謀を企てた罪」で宮廷から追われます。
翌年、ヴァランティーヌは失意のうちに急死。
父の跡を継いでオルレアン公となったシャルル・ドルレアンは、ブルゴーニュ無怖公に弾劾状を送りつけ、王弟暗殺をきっかけにフランス王国を二分する内乱が始まります。
(※)弾劾状:不正を行い、権力で守られている人物を糾弾する書簡。
このころ、英仏・百年戦争は休戦していましたが、1415年にイングランド王ヘンリー五世は休戦条約を破棄すると、フランス王国の内乱に乗じて再侵略を開始。
病床の王太子ルイ(シャルル七世の兄)の代わりに、シャルル・ドルレアンが王国軍を率いて出陣します。
◆アジャンクール敗戦の将としてロンドン塔に幽閉
しかし、フランス王国軍はアジャンクールの戦いで大敗し、敗軍の将となったシャルル・ドルレアンは捕らわれてロンドン塔に幽閉されてしまいます。
虜囚の期間中、母譲りで詩才に長けていた彼は多くの詩を書きました。
なお、アジャンクールで捕らわれたのは21歳。
フランスに帰国したのは46歳。
シャルル・ドルレアンの虜囚生活は25年に及びました。
拙作『7番目のシャルル』ではずっとロンドン塔にいますが、25年間ずっと同じ場所にいたのではなく、イングランド各地を転々としていたようです。
長い間、自由のない虜囚の身だったのは事実です。
◆シャルル・ドルレアンと百年戦争、ジャンヌ・ダルクとの関係
その名が示すとおり、シャルル・ドルレアンはオルレアンの領主です。
オルレアンの人々はイングランドの侵略に憤慨し、強く抵抗しました。
当時の常識として、領主を捕らえておきながら、領主不在の地域を攻撃することは人道に反する非常識なおこないだったからです。
現在よりも命の価値が軽い時代でしたが、その時代なりに道徳と倫理がありました。
異母弟デュノワ伯ジャン(通称:オルレアンの私生児)は兄と手紙でやり取りしながら、フランス王国とオルレアン領を守るために奮戦していました。
シャルル六世の5人の息子は、末弟シャルルを残して死去。
北フランスをイングランド・ブルゴーニュ派が、南フランスを王太子(シャルル七世)が統治している状況で、百年戦争の期間中、もっともフランスが劣勢だった時期です。
王太子シャルルは19歳で事実上のフランス王として即位しますが、ランスで伝統的な戴冠式を挙行する力はありませんでした。
パリをイングランドに奪われている状況で、王太子の従兄シャルル・ドルレアンの領地オルレアンは重要な拠点でした。
もしオルレアンが落ちれば、情勢は一気にイングランド有利に傾きます
なお、ジャンヌ・ダルクを一躍有名にしたオルレアン包囲戦は、シャルル・ドルレアン幽閉中の出来事です。ジャンヌが受けたとされる啓示はふたつ。
・王太子をランスへ導き、ノートルダム大聖堂で戴冠させる
・オルレアンを解放する
ふたつめの啓示が「シャルル・ドルレアン(=オルレアン公)解放」を指していたのか、または「オルレアン領の解放」までだったのか、解釈が分かれます。
オルレアン防衛と王太子シャルルの戴冠をきっかけに形勢は逆転。
ジャンヌ火刑後もフランスの優位とイングランドの劣勢は覆らず、火刑から22年をかけてフランス全土を奪還、百年戦争は終結します。
◆解放と晩年と死後、ルイ12世の父として
1440年、シャルル・ドルレアンは、父を殺害したブルゴーニュ無怖公(シャルル七世の家臣によって報復済み)の息子フィリップ善良公が莫大な身代金の一部を支払うことで、ようやく帰国が叶います。
しかし、平穏を取り戻したとは言いがたく……。
シャルル七世を退位させたい連中に目をつけられてクーデターの首謀者に担がれそうになったり、帰国後も色々あって、まもなく隠居したため、政治の表舞台にはほとんど登場しません。しかし、消えてしまったわけじゃない。
再婚して晩年にうまれた息子が「オルレアン公」の地位を継ぎ、さらにその後、ヴァロワ王朝の直系断絶によりフランス王ルイ12世として即位。
死後とはいえ、シャルル・ドルレアンは国王の父になったのです。
なんという数奇な運命!
シャルル・ドルレアンは歴史上では目立たない、影のような存在です。
歴史的な功績よりも、詩人としての功績(後述)の方がはるかに大きい。
また、長期間の幽閉という状況でなければ、戦時下の王族の義務に忙殺されて、膨大な詩を書く余裕はなかったでしょう。
数奇な運命にとことん導かれたといっても過言ではない。
◆中世の詩が、19世紀ヨーロッパで再評価
シャルル・ドルレアンは中世末期、15世紀の詩人です。
西洋音楽史としてはバロック以前、バッハ以前の「古楽」と呼ばれる時代。
吟遊詩人が手持ちのハープやリュートを鳴らしながら、恋物語や歴史劇を詩にして語り継いでいました。
シャルル・ドルレアンの詩のテーマはさまざま。
・故郷や家族のこと
・美女への賛辞
・四季の移ろい
・平和への祈り
「冬は嫌い、追放したい」「まどろみたい、枕から頭が離れない」など、現代人も全力で共感するユーモラスな詩もあれば、ネズミさんにメッセージを託すハートフルな詩、幽閉中に一人娘の訃報を知らされて悲嘆に暮れる詩もあります。
昔の日本人、特に身分の高い教養人が、日常的な情緒を歌にして読んだ感性に近いかもしれません。
幽閉中に平和を祈った詩は、第二次世界大戦下のフランスでも歌い継がれ、人々に勇気を与えました。
フランスの中学〜高校では「シャルル・ドルレアンの詩」について学ぶそうで。
日本でいえば「室町時代の代表的な文学作品」みたいな位置づけかもしれません。
◆リバイバルブーム、ドビュッシーが作曲して歌曲に
19世紀のヨーロッパでは、古い時代の詩やおとぎ話に伴奏をつけて歌曲にすることが流行しました。シューベルト作「魔王」「野ばら」は、日本でもよく知られています。
このころ、シャルル・ドルレアンの詩も注目され、ドビュッシーなどが歌曲にしました。クラシック音楽になじみのある方は、聞いたことがあるかもしれません。
とはいえ、日本ではやはりマイナー。
拙作『7番目のシャルル』では主人公シャルル七世の従兄として登場します。
キーパーソンのひとりですが、幽閉中のため、物語を引っぱるメインキャラにはなれません。
詩人シャルル・ドルレアンの数奇な生涯と、詩の背景について少しでも紹介いたしたく、また、歴史と詩と音楽を(よかったら小説も!)組み合わせることで、各作品をさらに深く楽しめるのではないかと。
どさくさに紛れて、当方のメインコンテンツを宣伝します。
▼『7番目のシャルル、狂った王国にうまれて』【少年期編完結】
https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614
▼『7番目のシャルル、聖女と亡霊の声』【青年期編】
https://kakuyomu.jp/works/16816927859769740766
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次ページから、シャルル・ドルレアンの詩をいくつかご紹介します。
十五世紀フランス語の詩を、正確に翻訳するのは難しいですが、できるだけ本来の魅力を損なわないように「原文と訳文を併記」しています。
*
15世紀前半のフランスは困難な時代でしたが、作家たちは戦禍の中でたくましく創作活動をしていました。
拙作でおなじみのキャラクターを挙げるなら。
生前から名声を得ていた詩人アラン・シャルティエ、シャルル七世の義弟(王妃の弟)ルネ・ダンジューが書いた騎士道物語や馬上槍試合のルールブックなども、いつか・どこかで紹介したいですね。登場人物たちの作品を、小説の中に取り込むには限度がありますから。
日本ではあまり注目されない時代(ルネサンス前)ですが、中世にしては洗練されていて、近世ほどケバケバしくない、その絶妙なセンスが気に入っています。
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