第11話「くどいようだがカール・ギブソンがシュートを止めると、日本は国際社会から一歩遠のく。」



会議の後、庄司は元院に「聞きたいことがある」と言い、

「私も仕事で忙しいが、構わないから後で課長室にきなさい」と返された。


新宿区のオフィスビル、その狭い個室に庄司は招かれた。

大雨のせいで部屋中が薄暗く、いつまでも続いている内装工事の音がやかましい音を立てている。

個室にはデスクと、パイプ椅子……だけではない。

派手な衣装のギャルたちが、手に広げたビニール傘を持って踊っている。この狭い個室で・・・

前回の「パン生地こねこね」のインパクトに勝るとも劣らない。


何やってんだこの人。人が仕事中にこんなことしてたのか……と庄司は思っていた。


「君は、『自分が仕事中に目の前の上司が女遊びをしている』と、思ったろうが、それは勘違いだ」


「はあ……」


「いや、最近の女装技術というものには驚かされるね。さすがクールジャパン。彼らは皆警察官だ。証拠に、隅っこのおしとやかな彼をよく見てみなさい。榊君だ」


カツラと、いつもと違うメガネをつけて、肌の露出の高い衣装を着た榊が恥ずかしそうにしている。

何してんだこの人たちは……。


「とりあえず二人で話したいのですが……」


「うむ。さ! 元院ガールズ! 否、ボーイズ! 解散だ!!」


すると、派手な女装をした警察官たちは口々に「お疲れ様でしたー」と言いながら個室を出て行った。

大量の開いた傘が、部屋に取り残された。

庄司が傘を見ていると、


「すまないね」


と言いながら、元院は傘の向きを一本づつ調整し始めた。


「どうも……嵐の予感がするんだ。激しい嵐だ。わかるか庄司くん……

 嵐は空からだけではなく足元にも潜んでいるんだ。嵐に気づかない奴から……足元をすくわれる……」


「あの……仕事の話をしてもいいですか?」


「私に構わず、話してみたまえ。しかし留意しろ。お前の目の前は、嵐だ。トラックを軽くふっ飛ばす嵐だ」


何を言っているんだこの人は。だいたい外は大雨だ。


「この間、この部屋で元院さんに見せられた野球の動画のことです。地区大会の」


「ふむ」


元院は手を休めるつもりもなく、デスクの周りの傘を弄っている。


「あの動画の出所を聞きたいんです。あれはまさに、この事案が発生した瞬間を動画に収めたものだった。

 誰がなんの目的であの動画を撮ったのか、そしてそれをどうして元院さんが持ってるんですか?」


元院は傘の角度を微調整しながら、答えた。


「庄司君。嵐だよ」


「はい?」


「嵐で、『風が吹くと桶屋が儲かる』のはなぜか。これを忘れちゃいかん。そして君たちはその『風』を探し当てるのが任務だ。それも忘れちゃいかん」


「……質問に答えてくださると」


「君にこの部屋で動画を渡した時、私はこうも言ったね。『重要なのは起きてしまった事実と、原因である』と」


「それはつまり、答えたくないということですか?」


「答えたくないのではなく、答えられない、と受け取ってもらえると助かる。何せ、今は嵐だ」


「元院さん。何か俺たちに隠してませんか?そもそもピィ事案とはなんですか?」


すると、初めて元院は、傘を動かす手を止めた。


「それを聞く覚悟が、君にはできているんだろうね」


「……はい」


「いいだろう。ピィ事案とは……」


 

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