第10話「カール・ギブソンがシュートを止めると、日本は国際社会から一歩遠のく。」6
埼玉組が戻ってきて、元院邦明はピィ事案対策課の刑事を会議室に招集した。
刑事たちが、それぞれ得た情報を元院に報告している間、あたりにはまだ、改装工事の音と、それからものすごい主張の激しいラムネを噛み砕く音が聞こえる。
湊が10粒ほどまとめてラムネを口に含んで咀嚼している音だ。
埼玉組が帰ってくるまでに思った結果を出すことができず、湊は明らかに機嫌が悪くなっていた。
ラムネは湊の「不機嫌アピール」だろう。心なしか、涙袋が腫れて見える。
一通りの刑事たちの報告を聞いた後、元院は立ち上がり、「ご苦労だった」と口にした。
「つまりこれまでの情報をまとめると、埼玉県草加商業高校の野球部、『里崎 大樹』君が因子である可能性が高いと。そういうことか」
すると痩せた中年刑事、榊が遠慮がちに答えた。
「被害者の傾向は、里崎さんの家族、そして部活仲間に集中してます。そう考えると、一番辻褄が合うのが里崎さんということになります」
「何者なんだ?彼は」
「普通の高校生のはずですが、人間の言語中枢から英語のみを取り除く……能力があると想像できますね」
「俺たちはいつから『Xーファイル』になったんだか……」
庄司が左手でペンを回しながらつぶやいた。タバコが吸えない状況で手持ち無沙汰になると、この癖が出る。
「あれは一応、FBIだから警察だね。それよりも問題は、その能力を里崎君自身がコントロールできているのか、ですね。……まあ、
自分が言語障害になってしまっていることから、だいぶ怪しいと思われますが……。」
「コントロールできないとなると、何がトリガーでその能力が発動すると思われる?榊君」
「里崎君から強い脳波が出た時、例えば里崎君の身に危険が迫り、防衛本能が出た時が例に挙げられますかね。前例がありませんので想像になってしまいます。
ただ幸いなことに、事件解決の合理的な最終手段ならありますよ」
「なんだね」
「特事法で里崎君を拘束することです」
「「ちょっと!!」」
葛原と小峰が口を揃えて言った。
「あれ、みんな喜ぶと思ったんですが……」
榊は頭をかいた。
「どこが合理的ですか! 里崎君は犯罪者でもなければ、ただの高校生ですよ!?」
葛原が本人の中でここ最近で一番大きな声を出した。
「でも、里崎君を隔離してしまえば、これ以上の被害は抑えられる可能性が高いよ?」
「それは合理的じゃないです! 非合理です! 非人道的です! 冗談でも警察官が口にしていいことじゃないですよ!」
「落ち着こうや!!」
ヤニの切れた庄司が貧乏ゆすりをしながら葛原を諌めた。
「今はトロッコ問題について議論してる時じゃないでしょうや。第一、里崎一人が因子って決まったわけでもないんだ。
できることをやりましょう。里崎が因子のうちの一人なら徹底的にマークして、事案が発生するパターンを解明する。まずはそれでしょう。」
「……意義あり。」
湊がゆっくり手を挙げた。
「張り込み、礼状、強制捜査。前時代的な警察の三大原則では時間がかかりすぎます。まだ榊先輩の意見の方が支持できます。」
「……omnisがそう言ってるんならそうすりゃいいぜ。でも因子が見つかっちゃったら、もう出番はねえだろ。あんなポンコツ。」
Omnisを愚弄された瞬間、湊の掴んでたラムネの袋が握力で爆発した。
「取り消せこの土人が!!!」
湊が庄司に掴みかかるのを、小峰と葛原が抑える。乱闘騒ぎである。
「踊れスッポコポン!!!! ポンコちゃん!!!!!」
元院の謎の一声と小躍りで、その場が静まった。
「うっちゃれ!! うっちゃれ!! ポンコちゃん!!! ぽん!!
……ぽんだよ!! ……ぽん!!
…… ……こほん。榊君。まずは拘束の件は、なしだ。事案の発生トリガーが君の言った通り『里崎少年が危険を察知したら』だとしたらどうする。
非確実的な作戦で部下を危険には晒せんよ。私は。」
「はい。」
「湊君も、ラムネばっかり食べてると糖尿病になるから、これからは『つぶ仁丹』にしなさい!」
「え?……は、はい」
「庄司君。……言ったからにはやって見せてくれるね。結果を残せるんだろうね」
「……うす」
「じゃあ、庄司君、小峰君、葛原君で張り込み!発生トリガーを解析するまで東京に帰って来れると思うな!
湊君はomnisを使って三人をサポート。また、新たな因子が発生してないか探れ。以上解散だ!」
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