第9話「カール・ギブソンがシュートを止めると、日本は国際社会から一歩遠のく。」5

ピィ事案対策課本部、新宿区のオフィスビル。


相変わらず改装工事が続いている。


その非常階段にて警察官の葛原奈々美がタバコを吸っている。

Omnisルームで吸ってもいいと湊には言われたが、地下は寒すぎるのだ。


外は小雨が、土砂降りになっていた。

耳と心臓を悪くしそうな工事の騒音が響く中、葛原はぼんやりと雨の新宿を見下ろしていた。


Omnis3と湊は、「因子」、もしくは「因子と限りなく近い距離の人物」を見つけるところまでは早かったが、「事象の発生原因」の部分で躓いた。

里崎真弓、里崎大樹、この二人の生活パターンを分析したところ、この二人が「ファクター」である場合、犯罪、災害のどちらとも結びつかないのだ。

戸籍と住所が一致したことから親子であることは間違いないのだが、二人とも、ごくありふれた主婦、ごくありふれた高校生以外の何者でも無かった。

同じ住所には里崎伸一郎という、真弓の夫であり大樹の父親が存在しているが、彼もごくありふれたサラリーマンで、発症しているかは不明である。

当然、国内外に点在する危険組織、反社会組織との接点は皆無で、特殊な宗教活動に勤しんでいるということもない。


犯罪、災害の影がないとなると、残っている可能性で思いつくのは、いよいよ「超常現象」しかなさそうだった。その場合、警察は手も足も出ない。

湊は今、地下でファクターの見直しをしているが葛原はやることがないので休憩をいただいているところだ。


本当にどうして自分はこんな仕事に関わってしまったんだろう。

これは本当に警察のすることなのだろうか?

せめてヒントでも降って来ればいいのに……。


「隣、いいっすか?」


喫煙状に、改装業社の作業員が入ってきた。若い男性で、ずぶ濡れである。


どうぞ。と葛原は頷いた。


「雨の中大変ですね」

葛原は、世間話を作業員に持ちかけた。


「まあね。天気ばっかりは。しょうがないですから。」


天気ばかりは、しょうがない。なんとなく、今一番聴いてて気持ちが楽になる言葉だ。

何でもかんでも雨のせいにできたらいいのに。ある日英語が突然喋れなくなったりすることも。


「風邪ひかないでくださいね」


「あざっす。お姉さんも体気をつけて下さいね。なんか、若年性の脳梗塞が流行ってるみたいなんで」


「……え?」


葛原はものすごい引力で、現実に引き戻された感じがした。



「あーいや。高校の後輩から聞いたんすけど。自分の母校で一人出ちゃったらしくて。その隣の高校なんか何人かまとめて脳梗塞になったらしいんすよ」


「埼玉県ですか?」


「あ、そうです。知ってるんすか?」


葛原は一瞬言葉を飲み込んだが、すぐに質問を返す。


「どこの高校か伺ってもいいですか?ちょっとその情報、重要かもしれないです」


「……え?」


「あ、申し遅れました。私警視庁のものです。今埼玉の脳梗塞の事件を追ってるんです」


「えー…… 脳梗塞の、事件?……警察ってそういうこともするんですか?」


「詳しくは言えないんですけど……」


「へー。……あ、俺の母校は、鶴高っす。鶴ヶ先高校」


「後輩さんから聞いたこと、詳しく聞いていいですか?」


「えっと……その後輩、野球部なんすけど、チームメイトがいきなり言葉が出なくなっちゃったんす。

 で、噂だと相手チームなんか全員かかちゃったみないで。」


「相手チーム? 試合中だったんですか?」


「あ、はい。で、急病人がいっぱい出ちゃったからその試合中止になったって。

 その日の出来事『地区大会の魔物が出た』って言われてるみたいす。」

 

「その時の出来事、何か聞いてませんか?」


「さあ…… あ、でも、そのチームメイトのが言ってたのは、『打席に立ってる時、変な耳鳴りみたいな音がした。』って。」


「耳鳴り……ありがとうございます。その後輩の方の連絡先を伺ってもいいですか?」


「いいすけど……」


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