第6話「カール・ギブソンがシュートを止めると、日本は国際社会から一歩遠のく。」2



埼玉県、草加市。

東武伊勢崎線、通称スカイツリーラインその高架下にて、庄司孝介と小峰清治がタバコを吸っている。

ピィ事案の被害者、新山弘のアパートまで徒歩10分圏内だ。


「……庄司さん」


「何」


「これって……路上喫煙っすね……」


「うん」


「警察官が二人、勤務中に路上喫煙っすね」


「その『二人』ってのがポイントだ。これで禁煙者がもう一人近くにいたらそれは法律違反だ。ここには俺とキヨジしかいない。

 だからいいんだよ」


「いいんすかねえ……」


高架下の景色というのは、本当にどこも変わり映えがしない。真上を通っている電車が小田急線だと言われても、信じてしまいそうだ。

小峰は庄司の第一印象を「エリート」と思っていたが、取り下げた。

庄司は、タバコの燃カスを小峰の飲んでいた缶コーヒーに入れた。


「あ!!」


「なに。」


「飲みかけだったっすよ……」


「……今何時だ」


「えっと……1時45分です」


「じゃあそろそろ出発するぞ。コーヒーなんて飲んでる場合か」


勝手な人だなあ……と小峰は不貞腐れて、ゴミになってしまった缶コーヒーを捨てた。


「庄司さん。向こうのチームはコンピューターで捜査してるって聞きますけど……」


「うん、だから?」


「いや、さっき……湊さんにも言われたすけど……俺たちわざわざ埼玉県までくる必要あったのかなって……」


「コンピューターに聞けよ。俺は自分の直感しか信じないから。」


新山の住むアパートは、川沿いにあった。川というのは名ばかりの、隣を流れる綾瀬川の子分のような川だ。

川沿いの生活、というものに庄司は憧れていた。毎朝、家を出たら川が見える。

そして川を流れる鴨や鯉と一緒に出勤し、帰宅する。それは素敵な生活のように思えた。大雨の日は怖いだろうが。


インター・フォンを鳴らすと、新山が扉を開けた。

「警視庁の庄司です。お時間取らせてしまい申し訳ありません。捜査のへご協力、感謝いたします。」


「あ、はい。……どうぞ……」


新山は、庄司と小峰を出迎えた後、玄関の奥に消えていった。


「……え、庄司さん、入らないんですか?」


「聞いたか、今の。」


「え?」


「はい、どうぞ、の、『はい』だ。 ……Hi. Hight ハイジャックのHiだ」


「あ……」


「同じ音でも日本語と認識されたものは喋れるということのようだな。

こんな情報、omnis3なら逆に教えてくれないぞ」


「そうっスね……」


二人はリビングに通された。男一人で住むには十分な、こざっぱりとした部屋だ。

新山の目からは生気がごっそり抜け落ちているように庄司には感じられた。

周りで自分だけが英語を喋れない。そりゃあ、そうなるだろうな。と庄司は新山を哀れんだ。




「最初に異変を感じたとき、どちらにいらっしゃいましたか?」

小峰がそう切り出し、聞き込み調査が始まった。




「えっと……最初は……会社……だったと思います。」


新山は、一つ一つ、言葉を探すように喋った。これはこの症状がで初めてからついた喋り方の癖だろう。


「たまに……あるじゃないですか。……人の、名前が、思い出せない……こ……とが。

 ……それのような感じで……ええと……(舌打ち)」


「あ、ご無理をなさらないで結構ですので」


「ええ。はい。……文章を、複製する、機械です」


「……コピー機?」


「そう、それです。出てこなくて。……でも……自分は、比較的、名刺が、出なくなることが、……ひとと比べると……多い、方……だったので……

最初は、気にしてなかった、んですけど……。友人に、会ったんです。月曜の、夜に。

え……い……がの、名前とか……俳優の……名前とか……

全然、出てこなくて。でも、僕は、どこも、おかしくなく……頭も、別に、痛く、ない……し。

それで……友人が……『お前、脳梗塞じゃ、ないか?』……って。」


「それで病院に行かれたんですね」


「はい……」


「新山さんの周りで、最近、似たような症状をお持ちで悩んでらっしゃる方とか、ご存知ですか?」


「……いいえ。いない、と……思います。……すいません」


小峰が、メモをとりながら質問をしてる最中、庄司は新山の部屋をずっと眺めていた。

そして、突然会話に加わった。


「新山さん、野球がお好きなんですね」


「……はい」


「西武リカオンズファンですか?今年絶好調ですもんね」


「……いいえ」


「他の球団のファンですか?」


「……違います。」


「…… ……高校野球がお好きなんですね?」


「……はい。…… ……高校まで、やってました。……主将でした……。でも、こうなってから、後輩とも、連絡が……」


「新山さん、あ、ごめんなさいね遮っちゃって。……お休みの日、後輩の応援とか行ったりしました?」


「え……いきました」


「県内の大会ですか!?」


「は……はい。……母校の草加商業と、県立鶴ヶ先高校の試合……です。それが、何か……」


「…… ……いえいえ。こちらの話ですので。今日は本当にありがとうございました。大変な中、捜査への御協力、感謝します。」


「いいえ…… ……ぼく…… ずっと、このままなんでしょうか……?」


「……治りますよ。悪いままなんてあるわけないじゃありませんか。治ります。


「……はい」


庄司と小峰は新山の家を後にした。

新山の家には30分もいなかったと思うが、もう陽が傾いてる感じがした。


「・・・よかったんスか?なんか、あまり何も聞けなかったすけど」


「うん」


「……埼玉って、遠いんすね……」


「…… ……世界は狭いけどな」


「え、なんですか?」


「なあ、キヨジ。元院さんから変な動画見せられなかったか?」


「あ、そういえばあれも野球でしたね」


「あの動画、覚えてるか?」


「え?……今持ってますよ」


「見せろ」


「???いい…… ……ですけど……歩きスマホっすよ?警官が勤務中に」


「…… …… …… …… ……問題の箇所、これは、アウトのポーズだよな」


「あーごめんなさい。俺野球はちょっと……」


「アウトだよ。…… ストライク、アウト。これはどういう状況だ?」


「……三振ってことすか?」


「だよな?……この球審さ、1ストライクと、2ストライクもしくはファールボールは、『言えた』ってことだよな?」


「…… ……あ」

 


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