第4話「現場叩き上げの刑事が無意識に愛を呟いたら、小峰清治は『ういッス』と言う。」




「…… ……『愛してる。』」


「はい!?なんですか!?突然。」


新宿区のオフィスビル、非常階段は喫煙場になっている。

ピィ事案対策課に配属された庄司孝介と、小峰清治がタバコを吸っている。

相変わらず工事は続いており、やかましいドリルの音。親方の罵声が階下から響いている。


「いや。素朴な疑問なんだ。ある日英語が喋れなくなるとするだろ?

 ……そうなったら、愛を伝えられるのかな。」


「え。……英語を喋らなければいいんじゃないすか?」


「小峰君……だっけ。『愛してる』は一見すると日本語だが、この言葉の中に英語が何個含まれていると思う?」


小峰は、庄司が一体何を言ってるかわからなかった。

『愛してる』のことなんかより、この人エリートっぽい顔してるけど案外面白い人なのかなあ。と思っていた。

・・・そして頭の中で『愛してる』を試しに再生してみた。


愛してる。アイシテル。


「……あ。……愛が、目の『EYE』ってことスか?」


「うん。でもそれだけじゃない。俺が今からいうことを何回か繰り返してみてくれ。『I should tell you』」


「え、なんですか? アイ シュッド テル ユー?  …… アイシュッドテルユー、アイシュッドテルユー、アイシュッドテルユー……ああ。確かに『愛してる』に聞こえますね」


「元院さんが言ってた。被害者は厳格に線引きされた中で英語だけ綺麗に取り除かれてるって」


「ああ。パソコンは喋れるのにどうたらこうたら……ってやつでしたっけ?」


「うん。でも、『シャーペン』は喋れなかったらしいんだ。『ペン』が英語だから。

 それからずっと気になってたんだけど、俺たちは普段、どれだけ無意識に英語を喋ってるんだろうって」


「わかんないっスねえ」


「・・・ ・・・what kind night’s nail」


「え?」


「『わかんないっスねえ』に聞こえないか?」


「……ああ。はあ。でも、それって無意識に英語を喋ってるってことなんですか?」


「わからないねえ。ルールが」


「わからないっスよねえ……。せめて『こうすれば、こうなる』ってわかっていればだいぶ楽なんすけどねえ。」


「それは、神様じゃないとわからないよな。さすがに。神様は今頃、何がどうなることによって日本が国際社会から一歩づつ遠ざかっているかを知っていて、

 呆れながら俺たちを上から見てる事だろうさ。」


庄司は吸い終えたタバコを携帯灰皿に押し込んだ。


「よし。仕事するぞ。被害者の遠山順子とは連絡ついたのか?」


「いやそれが……」


「まだなのか、遅いぞ! 特事法一条があるんだから、病院から個人情報くらい聞き出せるだろう。」


「ええ。でも肝心の遠山さんが取り調べに協力的ではなくて、やはり事象のことがショックみたいで塞ぎ込んでると、ご家族が……」


「それも特事法1条で強制捜査に踏み切れるだろう」


「ですけどそれは、刑事訴訟法198条と裁判員法16条とに矛盾しませんか?」


ため息をついて、庄司は2本目のタバコに火をつけた。


「いいか? 今は国の有事だぞ?このままだと1年後には日本が世界から孤立する。元院さんが言ってたろ」


「ええ思ったっスよもちろん。特事法も知ってます。でも人間は法律によって守られるべきです。法律で傷つけていいはずがない」


「…… ……わかった。遠山は後回しだ。新山のとこに二人でいくぞ。さっさと連絡しろよ」


「ういーっス……」




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