1-3

男達は地面の中に消えていった。

異形はそれを見守ってから、遥の姿に戻った。


「君、は…」

(君は一体、何者なんだ)

「僕、お母さんと約束したんだ。皇と千佳を守るって」

「おい宇野…」


宇野の目が、遥が人間かそうでないかを判断してくれる。

志々怒は宇野にどちらなのかを問うた。


「い、今はただの人間よ…」

「嘘だろ…」

「皇、千佳、ごめんね、怖がらせて。でも今は千佳の言う通り、人間だから」


あの姿を見なければ、遥はどこにでもいる普通の男の子だ。

現に今は、普通の男の子にしか見えない。


「"この子"は大人しいから、普段はあんなにはならないよ。暴走はしないから、大丈夫」

「……」

「遥くん、怪我はない?」

「千佳、うん、大丈夫」


宇野は遥の元に駆け寄り、遥に怪我が無いことを確認し、安堵していた。

しかし志々怒は、簡単にそれに乗りかかれなかった。


「瑠架」

『あれはわしとは似て似つかないものじゃな』

「そうなの?」

『詳しい事は分からんが、少なくともわしとは違うな。わしがあの様な姿になった事が一度でもあったか?』

「そういえば…」

『ないじゃろう。それが答えじゃ』


志々怒は瑠架の言葉に納得した。

だとしたら、彼は一体、何者なのだ。

どうして弥生を母だと言い、ここにやってきたのか。

目的は?狙いは?

考えても、答えは出なかった。



***



「はあ!?」

「お願い」

「やったぁ。皇と一緒だ」

「ちょっと宇野、本気で言ってる……?」

「うん」


あの戦闘で傷んだ遊具の撤去や片付けを終えた後、宇野は志々怒に遥を預かるように言ってきた。


「あれを見た子達が遥を受け入れるかと言えば、そんな事はなさそうだから…」

「遥はいいのか?」

「うん。皆が怖がるのは、当たり前だもん」


ここ太陽園に住んでいる子達は、異形に親を殺され、孤児になった子の集まりだ。

だからそれは理解できる、が。


「なら田崎の所に…」

「あの子は忙しいでしょ。それにあの支部にそんな余裕あると思う?」

「……ない、な」


県境付近に位置する田崎達の所属する名古屋西支部は、常に人手不足に喘いでいるのを、宇野も志々怒もよく知っている。


「ならアンタしかいないのよ」

「えー…」

「皇、ダメ……?僕、いらない子…?」

「う゛っ」

『こんなか弱い子を外に一人放り出すのか。お前さんも悪魔よのぅ』

「わ、分かった、分かったから!!でも僕子育てとか経験ないから、普通の大人みたいに扱うからね!!」

「やったぁ!ありがとう皇!」


遥が嬉々として、志々怒に抱きつく。

志々怒は深いため息をついた。


「時々様子は見に行くから」

「分かった。とりあえず晩ご飯買いに行こうか。危ないかもだけど、僕のバイクの間乗って」

「はーい。千佳、またね」

「またね、遥くん」


買い物を終え、自宅に着くと、愛猫がしっぽを振って迎えてくれた。


「ねぇ皇、これ、何?」

「これって…。この子はメルシー、僕の飼い猫だよ」

「猫…これは猫って言うんだね。初めましてメルシー」

「ニャア?」

「志々怒、この子は喋らないの?」


どうやら遥は初めて猫を見たらしく、メルシーが話をしない事に驚いていた。

西にはもうそんな愛玩動物すらいなくなったのか、と志々怒は少し悲しい気持ちになった。


「遥くん、猫はお話できないんだ。だから何を言ってるかは分からないんだ」

「そうなんだ…」

「でも虐めたりしちゃダメだよ?そんな事したら追い出すからね」

「わかった、仲良くするね。よろしくメルシー」


遥が手を差し出すと、メルシーは遥の手をぺろりと舐めた。


「何これ、くすぐったい」

「でしょ?ほら、それよりも手洗って。ご飯食べるよ」

「はぁーい!」


食事と風呂を終わらせ、遥をベッドに連れていく。


「皇はどこで寝るの?」

「ソファーで寝るからいいよ」

「……やだ、一緒がいい」


遥は今にも泣きそうな顔をして、志々怒の寝間着を掴んで離そうとしない。

志々怒は諦めて、遥と眠ることにした。


「ん……お母さん、お母さん…」

「……。弥生、お前まさか本当に生きてるのか…?」


志々怒の問いかけは夜の空気に飲み込まれて消えた。

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異形滅師 志々怒皇 ティー @daidai000tt

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