1-2

今日もいつも通りの毎日を過ごす予定だった。

ある電話を受けるまでは。


「はいもしもし志々怒ですー」

『志々怒!?アンタ今暇してるでしょ!?』

「えー…いまメルシーと遊ぶので忙しいんだけど……」


電話の主は、志々怒の知り合いである宇野千佳(うのちか)である。

彼女は異形により家族を失った子達を保護する孤児院を経営している。

宇野は志々怒の過去を知る、数少ない一人だ。


『いいから来て!"弥生(やよい)"の子供って名乗る子が…!』

「はぁ!?」

「ニャウッ!」

「わ、ごめんごめん、メルシー。すぐ行く」


電話を切り、慌てて外出の準備をする。


(弥生だって!?なんで今あいつの名前が…。だってあいつは、俺が………)

『また珍しい名前を聞いたな?』

「はは、そうだね…」


瑠架の問いかけにも答える余裕が無いほど、志々怒は戸惑っていた。

志々怒はバイクを飛ばし、宇野の経営する孤児院、【太陽園】に到着した。


「宇野!」

「志々怒!こっち!この子が……」


宇野の後ろには、小さな男の子が隠れていた。

体格的には10歳くらいだろうか。


「遥くん、挨拶できる?」

「うん。初めまして、僕は宗光遥(むねみつはるか)」

「は、初めまして。僕は」

「……志々怒皇さん、だよね?」

「………どうして僕の事を知ってるのかな」

「お母さんから聞いた」

「お母さん、って…?」

「宗光弥生、です」


(宗光弥生、まさか本当にこの子が…?)


「ね?本当にこの子こうやって言うのよ。宗光なんて珍しい苗字、なかなかないし…」

「うん…」


宇野も困惑しているようだった。

なぜ今になって彼女の名前を聞くことになったのか。


「待って、僕の名前を君のお母さんが知ってるっつて…」

「それもおかしいのよ。だってあの子がアンタの名前を知ってる訳…」


(そう、彼女が僕の名前を知るはずないんだ。だって彼女はあの日、僕が"殺した"んだから)


「でもお母さんが言ってた。皇と千佳を頼れって」


(なのに何故、彼女が)


「……皇?」


『***!』

『ごめんなさい、私、あなたの事……』

『どうか、私の分まで、生きて…』


「怒……し、……志々怒!」

「あ……」

「志々怒、大丈夫…?顔色が…」

「あぁ、うん…」

(あの日の事を思い出してしまった。彼女の名前を聞いたからだろうか)


顔が真っ白になっていた志々怒を、宇野と遥が気にかけてくれたらしい。


「ごめんごめん、大丈夫だよ。ところで遥くんはどこから来たのかな?」

「あっち」


遥が指さした方向は、壁の向こう。

つまり。


「嘘、西から…?」

「うん」

「そんな事、あるの…?だってあっちは…」


西はほぼ、異形に埋め尽くされている。

とてもじゃないが、人間が住めるような場所ではない。

それは、誰もが知っている。

だからこそ、志々怒も宇野も驚いているのだ。


「じゃあ、ここまでどうやって…?」

「歩いてきた」

「それ、本当なの?」

「うん」


志々怒と宇野は互いを見つめた。

今、彼が、遥がここにいること自体が奇跡なのだ。

ここに来るまでにも、異形がいなかったとは限らないし、壁からここまでもかなりの距離がある。

志々怒がバイクを飛ばしても、30分はかかる筈だ。

それをこんな小さな子供が、歩いて来るなんて。


「……食べ物はどうしたの?」

「お母さんが持たせてくれた。何日分か持っていきなさい、って」

「そういえば持ってたわね」

「そっか。でも何事もなくてよかったね」

「うん」


分からない事ばかりだらけだが、とにかく無事であったことを褒めると、遥は嬉しそうに微笑んだ。


「でもね、僕がいなくなったから、多分、お迎えが来ると思う」

「……迎え?」

「うん」

「全く、あの女は油断なりませんね」

「…………来た」

「「!?」」


志々怒達の目の前に、突然知らぬ人物が現れた。

そいつらは、見た目は人間だが、異形にしかない紋を体に纏っていた。


「異形憑き…!」

「おやおや、お仲間なのにえらく警戒されていますね」


志々怒は刀を構えた。


「まあまあ、私達は戦う意思なんてないんですよ。――君が素直に帰宅に応じてくれれば、ね」


男が遥を指さす。


「この子を…?」

「迎えって言ってたのってまさか…」

「………」

「ええ、私達の事ですね。まぁ、逃がしたのは君の、遥くんの母親ですが」

「やだ、戻らない」


遥が宇野の服をきゅっと掴む。


「ほう、どうして?」

「だってお母さんが言ったんだ。二人を頼れって。アンタたちは、お母さんを…」

「交渉決裂ですね。では力ずくで君を連れて帰りますね」


男が、薙刀を取り出す。

瞬間、志々怒が男に斬りかかった。

しかし男は志々怒の刀をいとも簡単に受け止めた。3


「手が早い男は嫌われますよ?」

「……煩い、黙れ」

『ふむ、その意見にはわしも同意するぞ』

「………」

「あなたの中の彼もそう言っていますよ」

「っ!?何、で…」

「だから言ったでしょう?私達は"仲間"だと」


(宇野だって瑠架の存在は知っているが、瑠架が僕の中にいる時は何を言っているかなんて分からないのに)


「考え事ですか?私も舐められたモンですね」

「ぐあっ!」

『情けないのう』


思い切り腹を蹴られ、後ろに飛ばされる。

直ぐに戻らなければ、と立ち上がるが、男が志々怒に追撃を加える。


「て、めェ…」

「もっと強いとお伺いしていたんですがね。こんなものですか」

「志々怒!!」

「………」


宇野が遥を抱きしめる。

次は、自分が襲われると理解したからだ。

宇野も志々怒と同じく"異形憑き"であるが、戦闘能力は皆無である。

彼女の力は、自身の目で、異形かそうでないかを見分けられるというものだ。

だから、戦闘能力がなくても利用され続け、今まで生きてこられた。

どんな戦闘も、全て志々怒がなんとかしてくれていた。

しかしその志々怒がこの様では、戦闘能力などない宇野がどうにかするしかない。


(どうしたらいい…考えろ、私……)

「千佳、大丈夫」

「えっ」

「僕が、皆を守るから」


遥が宇野の元を離れ、男の元へ近づく。


「だめよ遥くん!」

「大丈夫」


『千佳、大丈夫』

『私が貴方を守るわ。だから逃げて』


「だめ!やめて!!」


あの日の出来事がフラッシュバックする。


(あの時も、私に力があれば、弥生は助かったかもしれないのに。今も私はまた…誰かに守られて……)


「ほら、反撃したらどうですか!」

「っ、ぐ」


遥が志々怒の元に向かう。

志々怒は男にひたすら暴力を受けていた。


(やば、ちょっとこれは…流石に)

『とっとと変わらんか』

(はは、そうしようかな)


志々怒が瑠架と変わろうと、グローブを外しかけた時。


「ぐわあっ!」

「!?」


突如、男の暴力が止み、悲鳴が聞こえた。

目を開けると、先程まで志々怒に暴力をふるっていた男はいなく、何故か遥が立っていた。


「……」

「……許さない。皇を虐めるお前を、僕は許さない」


しかしよく見ると、遥の腕は、人間のそれではなく。


「異、形……?」

「嘘…。だって私の目には…」


先程まで宇野の腕の中にいた少年は、ただの人間だと宇野の目が証明している。

しかしどうだろう、今の彼は、どこからどう見ても異形の腕を生やした"異形憑き"にしか見えない。


「貴方のそれは相変わらず力が強いですね」

「皇、大丈夫。皇は僕が守るから」

「は……?」


瞬間、志々怒の目の前にいた少年は、180cmある志々怒の身長をゆうに超え、2m程の、異形に変形した。


「なん、だ、これ…」

「そん、な…」

『大丈夫だよ、意識はあるから』


遥だった異形が男たちを腕一本で襲う。

それを避けきれなかった男の部下が、異形の爪で襲われた。


「ぐあぁっ!!!」


それが事切れたのは、誰の目が見ても明らかだった。

異形はそれを掴み、ぐちゃりと握り潰したかと思えば、まるで人間が食事をするかのように、さも当たり前にそれを口の中に入れた。


『次は誰?』

「……ここは一度撤退しましょう。余りにもこちらが不利すぎますからね。この事は貴方のお母様にも報告させていただきますよ」

『好きにして』

「では皆様、またいつか」

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