異形滅師 志々怒皇
ティー
1-1
時は20XX年、日本は空より突然現れた異形により一変した。
異形に覆われた鹿児島から滋賀と三重を西、なんとか異形を食い止めていた県境の福井、岐阜、愛知を東として分断することを、国は決定した。
勿論西は猛反発していたが、国にそんな余裕はなかった。
西を食い尽くした異形が、東を猛攻し始めたたからだ。
東は応急処置として巨大な壁を建設し、異形を倒す者たち――異形滅師(いぎょうめっし)を育成し、異形の退治に向かわせた。
これはそんな東の県境で戦う一人の男の話である。
***
「ふぁ~…ねむ……」
『何時だと思ってんの!時間ギリギリよ!』
「もーうるさい……」
腰まで伸びた左右の髪色が違う髪をボサボサと掻きながら、大あくびをかく男こそ、この物語の主人公、志々怒皇(ししどすめらぎ)。
本名、年齢共に不詳である。
「メルシーおはよ~」
「ナーン」
メルシーは、志々怒が拾ったペルシャ猫だ。
『メルシーちゃん!?元気!?元気してるの!?』
「してるってば。メルシー、おはよーって言ってやって」
「ナーン」
『やだかわいい~!!って、アンタ話逸らしてんじゃないわよ』
「分かってるって。今準備してるから」
サングラスと黒いグローブは寝る時以外決して外さない、右側の白色の前髪で顔を隠し、左側の黒の髪は前髪を三つ編みにし後ろで括り、服装は和装、上着も必ず着用するのが、彼のスタイル。
「お待たせ~、場所何処だったっけ?」
『後でメール見て。それじゃあ現地で。メルシーちゃん、また会いに行くからね~』
プツリ、と電話が切れる。
「あー行きたくない~。メルシー助けて~」
「ナァン?」
「分かんないよなぁ。ご飯と水と…OK、じゃあ行ってくるね~」
志々怒は、国が管理している異形滅師の支部や会には所属していない。
この少しボロいビルを借り、一人と一匹で暮らし、仕事として異形退治を行っている。
理由は簡単。
人と極力関わり合いたくないからだ。
この仕事をしていると、平気で人が死ぬ。
両親が兄弟が、仲良くなった友人が恋人が、なんていうのは日常茶飯事。
だから志々怒は、常に一人で動いている。
大切な人が死ぬという辛さを知っているから。
刀を手に持ちバイクを飛ばし、目的地にたどり着く。
「おはよ~」
「おっっっそい!」
「ごめんってばー」
志々怒に対して怒っているのは先程の電話相手だった田崎千花(たざきちか)。
彼女は空の裂け目を閉じる縫い師(ぬいし)という、異形滅師の中でも数少ない役職を担っている。
「あ!志々怒さん!おはようございます!」
「堺(さかい)くんおはよう」
堺は田崎の部下で、志々怒を師匠と尊敬する男だ。
志々怒を見つける度に犬のようにしっぽを振って、志々怒さん志々怒さんと後を着いてくる。
「ごめんね遅くなって」
「大丈夫っす!」
「こら堺!よそ見しない!」
「はいっす!」
志々怒達の前には、何十体もの異形が舌なめずりをして、こちらを睨んでいる。
「さ、お仕事始めるか」
志々怒が愛刀を構え、戦闘態勢をとる。
ザリ
志々怒の下駄が、砂利を踏んだ。
瞬間。
「ギャアア!!」
「グアア!」
「はは、弱~い」
志々怒が次々と異形を倒していく。
「俺も続くっす!」
「よろしくね~」
「……っ!ありがとうございます!頑張るっす!!うおおおおお!!!」
堺も負けじと異形を倒していく。
「若いっていいねぇ」
「…ジジイみたいな事言わないの」
「もう随分ジジイだよ……っと、大丈夫?」
「あ、はい…ありがとう、ございます……」
志々怒は田崎と会話しながらも、また異形に襲われかけた他の異形滅師を助けるくらい、異形退治など志々怒には朝飯前である。
「もうそろそろかな。後はお願いね」
「了解」
田崎はスーツのポケットから裁縫道具を取り出した。
「糸よ、我に力を与え給え。針よ、糸の力を我に伝え給え。空よ、我の力に屈服しろ」
糸と針が光りだし、田崎が宙を舞う。
空間の裂け目を、まるで破れた服を縫い直すかのように、針で縫い付けていく。
そして、空はまるで何事も無かったかのように、青空に戻った。
これが縫い師の役割である。
「相変わらずお美しいねぇ」
「褒めても報酬は増やさないわよ。なんなら遅刻したんだから減らしてもいいくらいなのに。じゃあ後は好きにしていいわよ」
「はーい。じゃ、いただきますか」
志々怒が黒のグローブを外した瞬間、志々怒の体を光が包んだ。
その光がなくなると、そこにいたのは、先程の志々怒の見た目とは明らかに違う男がいた。
髪は全て真っ白になり、顔には異形が持っている紋(もん)と呼ばれるものが、口には大きな口枷。
これは、志々怒の中にいる異形―――"瑠架(るか)である。
それらの人々は"異形憑き"と呼ばれており、人々から畏怖されている。
ただし、この男はまたもう一つの異名を持っている。
「さて、頂くとしよう」
男が口枷を外すと、長い舌が倒れている異形を丸ごと一匹口の中に入れた。
そう、この男のもう一つの異名とは"異形喰い"。
本来、異形とは人間を餌として食しているのだが、同じ異形であるはずの瑠架は、異形を餌として食す。
「あれ、本当だったのか…」
「や、やばくないか…?」
他の隊員達は、瑠架の行為を噂ではなく、本当だったのだと知り、恐怖していた。
「そうっすか?いつもの事っすよ?」
堺は特に気にしていない様子だった。
「もしゃ、もしゃ。ごくん。うん、悪くは無い。ご馳走様。ほれ、戻れ」
瑠架がグローブを嵌めると、また体が光りだし、志々怒が現れた。
「ふう、終わったかな。田崎~、後で報酬振り込んどいてね。よろしく~」
「はいはい」
「志々怒さん、お疲れっす!またよろしくお願いします!!」
「よろしくね」
ちらりと他の隊員を見ると、彼らは志々怒から目を逸らした。
(慣れたとは言え、ちょっと悲しいなぁ)
志々怒はバイクを走らせて、自宅に戻った。
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