声! ーー私だけに聞こえる心の叫びーー
天音 花香
私は超能力者
見慣れた、薄汚れた白い天井が見える。
鈍い頭痛と吐き気。私、美月桜はいつものように、保健室のベッドに横になっていた。
私は幼いころから原因不明の体の痛みに悩まされていた。母親は何度も違う病院に私を連れて行った。その度にいろいろな検査をされたが、結局、ストレス性だとか、自律神経失調症などで片付けられた。
本人である私は、体の痛みよりも、検査の方が苦痛になっていき、病院に行くのを嫌がった。それからは母親も病院に連れて行くのをやめた。
ところが、痛みの原因は些細なことで判明した。小学校低学年のころだったと思う。友達たちと公園で遊んでいたときだ。不意に一人の男子が桜の木の枝を折った。その瞬間。
――イタイ――
という「声」と共に私の腕にも激しい痛みが走った。同じようなことが何度かあって、自分の体はどうやら地球上のものと同調しているらしいことが分かってきた。対象が近ければ近いほど私の体に影響がでる。
ここ最近、環境破壊が進んでいるため、同調している私の体も痛み(だるいと言ったほうがいいのだろうか。鈍い痛みで、なんとなく調子が悪い)を訴え続けている。
そのせいで、こうして毎日保健室に通っている。
私の特殊能力は「同調」だけではない。
桜の「声」を聞いたように、近くにいる人や生き物の「声」が聞こえるのだ。
それを自覚した日は苦い思い出となって今も心の奥にある。
小学生低学年ぐらいの思考回路は単純で、私の脳に響いてくる「声」もいたって単純なものだったから、聞こえてくる「声」を私はさほど気に留めていなかった。しかし、私は致命的な間違いを犯していた。みんなにも「声」が聞こえていると思っていたのだ。そして。
「はい。その子ちゃん。これ、落として探してたでしょ?」
友達の園子ちゃんにそう言ってシャーペンを渡した。私は良かれとしたことだった。ところが園子ちゃんは言った。
「私、さくらちゃんに言ってないよ? なんで分かったの?」
私は首をかしげた。
「その子ちゃんの声が聞こえたからだよ」
「ええ?! さくらちゃんもしかして心の声が聞こえるの? こわい!」
そう言った園子ちゃんの顔が忘れられない。園子ちゃんだけではなかった。心を読むことを気味悪がられて、私の周りには人が寄り付かなくなった。
親からもきつくとがめられた。
聞こえる「声」の内容を言わないようにと。
「でも、聞こえるんだよ? お母さんには聞こえないの?」
「そうね、お母さんたちには聞こえないの。みんなに嫌われないためにも聞こえても言ってはだめよ」
――可哀想だけれど隠すしかない。私たちまで変に思われるかもしれないし――
母親の心の声が聞こえた。
「お母さん、私は変なの?」という言葉をその時私は飲み込んだ。
私の能力は誰にも知られてはならない。だから、もう、誰にも心を開いたりしない。その時私は心で誓ったのだった。
どうして私だけこんな力を持って生まれてきたんだろう。
毎日脳内で繰り返される疑問。
私には小動物の嘆きや木々の悲鳴を聞こえても、どうすることもできない。こんな中途半端な力、どうしろというのだ。私は加害者の人間ではなく、酸素を提供する役目を持った木に生まれたかった。
私はこの世に存在するものは、何らかの役目を持って生まれてきていると考えている。けれど、今の私は何の役目も果たせていないような気がして情けなくなってくる。
この力があるからできることってなんだろう。私にはまだ分からない。
「美月さん。具合はどう?」
保険医である龍子先生の声が、私を現実に引き戻した。
「……あまりよくありません」
私は答える。
「そう……困ったわねえ」
龍子先生が本当に心配しているのが伝わってくる。
彼女は私が最も信頼している人間の一人だ。心で思っていることと、口に出す言葉が一致しているからだ。
私は基本的に人間が嫌いになっていた。顔で笑って、心で何を考えているか。それが実際に聞こえてしまう私が、人間に愛想を尽かすのは当然のことだ。
しかし、そんな私でも龍子先生とは本心で話せるのだった。
「一度病院に行ったほうがいいかもしれないわ」
龍子先生の言葉に、私は痛い頭を横に振る。
「い、いいえ。身体が弱いのは生まれつきですし、病院に行くほどではありませんから」
私はくらくらする頭を押さえて、無理矢理ベッドから身体を起こし、「お世話になりました」と言って保健室を出た。
保健室に一日中いるわけにもいかない。
ごめんね、龍子先生。いくら龍子先生でも能力のことは話せない。龍子先生に嫌われたくないの。
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声! ーー私だけに聞こえる心の叫びーー 天音 花香 @hanaka-amane
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