第6話 星とオレンジ
「はあーあ」
私は大きく伸びをした。この国に来て初めて気が抜けたかもしれない。
「疲れた? ユラ」
セイタはテントの端に敷かれた井草の
ここは、私とセイタにあてがわれた専用のテントだ。でもベッドは一つしかなかった。二つは狭くて置けないんだろう。
私は「賓客」だからベッドを使い、セイタは「従者」だから筵の上だそうだ。レント大臣は申し訳なさそうに笑っていて、セイタも文句を言わずに頷いていた。
案内してくれたレント将軍は少し変な顔をしていた。そんな息子に、レント大臣は「お二人は兄妹のようなものだから、いいのだよ」と言い添えていた。
私は何のことかわからなかったけど、セイタも苦笑しながら「大丈夫です」と答えていたから、それでいいんだろう。
「まだ体がガタガタ揺れてるみたい」
こうしてベッドに腰かけても、まだ私の体は馬車の揺れを覚えてるみたいだった。それを誤魔化そうとして、地面につかない足をぷらぷらさせて遊んでみるけれど、やっぱり体は落ち着かない。
「随分と長く馬車に乗っていたからね」
セイタはシャンテレを手に取って、五弦あるうちの一弦をポロンと爪弾いた。その音を聞くと、テントの中が村の家になったみたいな気がして、私はもっと安心した。
「明日の演奏会、何を歌ったらいい?」
シャンテレの音で思い出したので、明日のことを聞いてみると、セイタはうーんと宙を仰いで少し考える。
「まだ時間があるから……ここの施設を回ってみてから考えるよ」
「わかった」
「ユラなら、
あ、なんかトゲのある言い方。悪戯っぽく笑って、私を試してるんだ。
「当たり前じゃん」
だから私もいつもそうするように、口を尖らせながら答えた。
よくわかんないけど、私は
「……そいつは頼もしいや」
セイタは笑って、またシャンテレをポロンと弾いた。その音があるから気分は落ち着けるけど、私はまだこのヒラヒラのドレスのままだから、体の方はまだ居心地が悪いままだ。
いくら可愛くても、着慣れない服は長く着てるものじゃないなって思う。
「ユラ、王子様へのお目通りも終わったから着替えたら? 僕は外に出ているから」
「いいの?」
「さすがにそれじゃ寝れないでしょ」
そう言い残してセイタは立ち上がってテントから出ていった。
なあんだ、もう着替えてもいいんだ。良かった。
私はちょっと元気を取り戻して、運び込まれていた手荷物を広げた。その中には、着慣れた麻のワンピースが入っている。
袖を通すと懐かしい故郷の匂いがした。
◆ ◆ ◆
夜になり、レント将軍がテントまで夕食を運んでくれた。
セイタが出入り口でそれを受け取って、二人で食べる。固いパンと干した肉、それから野菜のスープ。あと、私にだけオレンジが付いていた。
なんだか悪いから、セイタにオレンジを半分あげようとしたら笑って断られた。
夕食は王都の教会で食べたものより、それどころか村のものと比べても粗末なものだった。でも、これが戦争中ってことなんだろうな。それに、私は甘いオレンジをまるまる一つ食べられたから、結構満足だった。
食事が終わると、灯りの無駄使いだからと早々に寝ることにした。
真っ暗になったテントの中で、私は全然眠れなくて、暗闇の中でも目を開けていた。
セイタが横になっている方向に聞き耳を立てる。微かに寝息が聞こえた。
目をぎゅっと閉じてみても、馬車に揺られた余韻がまだ体に残っていた。
不意に、ミラージュ王子様のことを思い出す。心の見えない、張り付いた笑顔。
私はそんなに期待外れだったのかな。
戦場についていくと行った時の、王子様のとても困った顔。
王様の命令ですと言われて、とてもがっかりした顔。
その後の、キリとした強い意志を宿した顔。
あれ? 王子様の顔、くるくる変わってた。
とても大変そうだったけど、ちょっと面白かったかも。
「……」
王子様の事を考えていたら、ますます眠れなくなった。
そうだ、星を見よう。私は思いつきのままに起き上がった。
村では寝る前によく星を見ていた。
チカチカ瞬くのを見ていると、心が落ち着いて眠たくなる。
空は同じなんだから、ここでもきっとそう。
私はもう一度セイタが寝ている方向に耳を澄ませた。寝息は聞こえないけど、動いている風もない。
そっとベッドを降りる。革靴を持って、裸足のままそうっとテントの出入り口まで歩く。
セイタは起きていないようだった。少しワクワクしながら、私はテントから出た。
外はすっかり真っ暗闇。その場で空を見上げてみる。
雲に半分隠れた月が浮かんでる。晴れ間もあるけれど、そこに期待していた景色はなかった。
星が、遠かった。
村ではチカチカしていた光が、ここでは白くて小さな点のよう。
どうしてこんなに景色が違うんだろう。「離れても同じ空の下だよ」ってシズクは言ったのに。
こんな空じゃ眠れない。私は持っていた革靴を地面に置いて履く。
それから少し歩いてみた。土は柔らかく、湿り気を感じる匂いがした。
時折振り返って、自分が出て来たテントを確認する。大丈夫、まだ見える。
もう少しだけ行ってみよう。そうしたら星が近くなるかもしれない。
空を見上げながら、もう一歩踏み出した時。
「どこへ行くんです、歌姫殿」
「!」
闇の中から涼やかな声がした。
私はビックリして恐る恐る振り向いた。
揺れるオレンジの灯りを持って、私を見ていたのはミラージュ王子様だった。
14歳の黒髪歌姫は戦場の花になる〜歌で戦争を勝利に導いたら王子様から溺愛されました 城山リツ @ritsu-shiroyama
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