第5話 コーリソンの役目
「早速ですが、これからの予定の確認を」
レント大臣の息子さんであるレント将軍は、ミラージュ王子様の座る横に移動した。そして立ったまま、私とセイタの方を見ながらそう切り出した。
「休戦が明けるのは明後日です。その前日、つまり明日の夕刻に兵士達への慰労と戦意高揚のための演奏会を開いていただきます。後ほどコーリソン様のテントにご案内しますので、今日はゆっくりお休みください」
戦争再開前の演奏会?
まあ、それもやってもいいけど、説明ってそれだけ?
戦争が始まった時の説明はないのかな?
私、
私の仕事は戦場で、戦う兵士達の後ろから歌で鼓舞することだ。
それで戦争に勝つんだと、村長や村の大人達は王都の使者から説明されていた。
どういうこと?
私は思わずセイタの方を見てしまった。言葉に出すのはなんだか怖かったので、セイタに目で訴えた。
すると、セイタも首を傾げながらレント大臣を見る。
私とセイタの視線のリレーを受け取った大臣は、王子様に向けて穏やかに話し始めた。
「……殿下、よろしいですかな?」
「なんだ?」
王子様と将軍は、揃って首を傾げていた。二人はとても息がピッタリで、ちょっとそれが微笑ましかった。
でも、大臣からの言葉で、二人の表情は途端に険しくなる。
「コーリソン殿とセイタ殿には、明後日の行軍に加わっていただきます」
「え?」
「私はそのために、お二人をここにお連れしたのです」
「馬鹿な、有り得ない」
王子様は、大臣の言葉に首を振っていた。言葉以上に、その顔が拒否をしている。
どうしてこんな事になったのか、私には想像するしかないけれど、きっと伝達に間違いがあったんだろう。
だってここは、王都からとても離れているから。
「確かに、僕らの方が不可解なことを言っていると思います」
不意に、セイタが口を開いた。それで王子様は私達を見比べる。顔は少し歪んだままで。
「もちろん前夜もここでユラは歌います。ですが、ユラの歌が真価を発揮するのは戦地においてです」
「どういう意味です?」
眉をひそめたままで、王子様はセイタに聞いた。距離は離れているけど、まるで詰め寄るみたいな迫力があった。
「ユラの歌は武器だ、という事です。戦う兵士がたの後ろでユラが歌えば勝利は確実です」
「いや……申し訳ないが、全く意味がわからない」
「……」
王子様みたいな高い身分の人に、そんな風に突っぱねられたら、セイタだって言葉が出ない。
私はと言えば、何を言ったらいいのかさえもわからないでいた。
私だって、「私の力」が本当にそうなのか、試したことがないんだから。
「
「!」
レント大臣がいきなり言ったその言葉に、王子様は衝撃を受けたようだった。
けれど、大臣は構わずに顔を伏せたままで、更に続けた。
「はるか北の国、コモドは自国のみならず、友好国からも魔術を取り入れている魔法大国です。そしてコモドの北端に位置するモレンド村は、
「東方……というと、大陸を三つも越えて? そんなにコモドは交通が発達しているのか?」
大臣のお話に、王子様は興味を惹かれたような顔で座り直した。ぎゅっと寄っていた眉も少し緩くなっている。
「さて、それは……私も良くは存じ上げておりません。コモドは神秘主義で秘密主義の国ですからな。とにかく、コモドのモレンド村は、そこで生まれた娘を、魔力のこめられた歌を歌う
なんだかお話が大袈裟になってきた。私が知らない言葉が沢山ある。私はただ、村に伝わる歌を習っていただけなんだけど。
「その魔術が、戦争の役に立つと言うのか?」
王子様の声は少し震えていた。信じられない、と思っているんだろう。それは私も少しそう思う。
本当に、私の歌に、レント大臣が言うような力があるんだろうか。
「ユラはまだ、
セイタが更に付け足すと、王子様はまた顔をしかめて困っていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。専門用語が多過ぎる」
「これは──大変失礼をば」
レント大臣が丁寧に頭を下げた。
私は王子様の気持ちがわかる。大臣もセイタも、何を言っているのか、私もよくわからない。
「……とにかく、戦場に出るつもりで君達はここに来たのか?」
「はい、王子様」
セイタも大臣のように、丁寧に頭を下げた。それで私も倣って頭を下げる。
「いや、しかし……歌姫殿はまだ子どもだし、セイタ殿だって──」
「僕は18です」
「いや、それでも若い……」
王子様とセイタがちょっとした押し問答をしていると、レント大臣は突然胸を張ってそこに割り込んだ。
「殿下!」
「?」
「陛下もこの事は御承知にございます」
「!」
その言葉を聞いた王子様は、急に背筋を正した。それから、少し諦めたような顔で大臣に聞き返す。
「父上の指示か?」
王子様の声は、微かに震えてた。それでも構わずに大臣は言う。
「御意。百日も戦を続けていれば兵士達の疲労はもはや極限状態。そこに投入される
「な……」
きっと王子様は優しい人なんだろうな。
今も、私とセイタを見比べて言葉を失っている。
「ユラも僕も、その覚悟で参りました」
セイタはもう一度、レント大臣に続いて頭を下げた。
私も慌ててもう一度頭を下げる。よくわからないけど、そうした方がいい気がした。
「陛下は長引く戦況を憂いておいでです」
「……!」
レント大臣は顔を上げながら、少し意地悪い声で更にそう言った。
「わかった……」
王子様は肩で大きく息を吐いて、首を項垂れていた。
だけど、すぐに顔を上げて、私とセイタを見据えて言う。
「ただし、二人は私の側に」
「殿下……」
レント将軍が何か言おうとしたけど、王子様はそれを視線で制してきっぱりと言った。
「歌姫は、私が必ず護り通す」
その言葉は、とても重くて、けれどすごく清らかだった。
私に当てられたその視線に、胸がドキドキする。
王子様は、優しくて、とても頼りになる人だ。大臣が言っていた通りの人だ、と思った。
「……ご立派にございます」
レント大臣は最後にまた深く礼をして、この場をおさめたのだった。
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