第4話 甘いお茶に溶ける心
歓迎してもらえると思ってた。でも心の半分で、そんなことはないことも気づいてた。
王都から送り出してくれた人達は笑顔だったけど、優しくなかった。
一緒についてきてくれたレント大臣だけは、本当に優しくて大切にしてくれると思った。
大臣が信頼している王子様なら、きっと同じように接してくれると期待してた。
王子様の綺麗な顔に、王都にいた人達と同じ笑顔が張り付いていた。
周りに集まっている兵士達も、残念そうに私を見ている。
私は「期待外れ」だったのかもしれない。
だって私はまだ「子ども」だから。
◆ ◆ ◆
私とセイタは、馬車から降りた後、王子様のテントに案内された。
レント大臣も一緒に。私は無意識のうちに、大臣のローブの端を掴んでいた。
先頭を歩く王子様の顔はもう見えない。その背中からも何もわからなくて、私は不安になっていた。
隣を歩くレント大臣の息子だという、レント将軍はずっと怖そうな顔をしている。
それで私は、ますます大臣のローブを握る手に力を込めた。
「コーリソン殿、お疲れでしょう? 中で温かい飲み物でもいただきましょうな」
「うん……」
大臣がそう優しく声をかけてくれた。でも私は不安だらけで「良い子」のお返事ができなかった。
前を歩く王子様が、レント将軍と何か目配せをした。すると将軍の方が方向を変え、どこかに走って行った。
急にどうしたんだろう。でも私は王子様の背中だけが気になっていた。
テントの入口に着くと、王子様がその布を掲げて私の方を振り向いた。
「どうぞお入りください、歌姫殿」
微かに微笑むその顔は少しぎこちなかったけど、私は不思議と不安な気持ちが少し薄れた。
大臣がそっと私の背中を押す。私は一歩前へ、テントの中に入った。
王子様専用のテントは、村で私が暮らしてた家と同じくらい広かった。
真ん中に大きなテーブルと、立派な椅子がひとつ。それからちょっと粗末な椅子も幾つかある。
テントの壁には大きな地図と、沢山の文字が書かれた羊皮紙が何枚も、まるで村の伝言板みたいな感じで雑に貼ってあった。
「ささ、コーリソン殿はこちらにお座りください」
私がテントの中を眺めているうちに、王子様はもう奥の席、ひとつだけの立派な椅子に座っていた。
レント大臣はにこやかに私を手招く。そこは王子様に一番近い席だった。
「セイタ殿もどうぞ」
続けて隣にセイタを案内した後、大臣はテーブルをぐるりと回って、私の対面に腰掛けた。
椅子の座り心地は馬車とあまり変わらない。
私はどこを見たらいいのか、大臣と、王子様の顔を代わるがわる見てしまう。落ち着かなかった。
少しして、レント将軍がテントに入ってきた。カップを二つ乗せたトレイを持っている。
「どうぞ。戦地ゆえあまり上等なものではありませんが……」
遠慮がちにそう言って、将軍はカップを私とセイタの前に置いた。
温かい湯気が立っていて、ふんわり甘い匂いがする。
最大の危機だ。
王子様の前で何かを飲むなんて。作法がわからない。
私は「助けて」という気持ちをこめて、横のセイタを見た。
すると、セイタは微笑みながら私に言った。
「せっかくだから、いただいたら?」
違う! そうじゃない。
先に飲んで、見本を見せて欲しかったのに。
セイタは肝心なところで役に立たないんだから。
「い、いただきます……」
もういい。知らない。
私はどうにでもなれと思って、せめて両手でカップを持って口をつけた。
一口飲んで、それがとても甘いお茶だと知る。
砂糖がたっぷり入っていて、ほんの少しだけミルクが入っている。
甘くて、温かくて、それから優しい。
「おいしい……」
うっかり出てしまった率直な言葉。
いけなかったかな、と思いつつ私はレント将軍の顔を見た。
そこには、外で見た時のような眉を寄せた感じではなく、ちょっと気を抜いた表情があった。
「お口にあって、ようございました」
笑いはしないけれど、怒ってもいない。将軍はあまり感情を出したりしない人なんだろう。
にこにこ優しいレント大臣の息子なのに、と思ったけど、将軍だからかもしれない。
私がもう一口お茶を飲むと、今度は王子様が目を細めて言った。
「我が国自慢の茶葉ですよ。お気に召したなら、歌姫殿のテントに常備させましょう」
「ありがとうございます……」
初めて王子様が私に柔らかく微笑んだ気がした。
甘いお茶と、その優しい声で、私の不安な気持ちはすうっと消えていく。
「それで、ええと、そちらは従者の方でしょうか?」
王子様は視線をセイタに移して問いかけた。
急に言われて、セイタも緊張してしまう。
それでレント大臣が助け舟を出すように、王子様に答えてくれた。
「こちらは伴奏者をかって出てくださった、モレンド村長の御子息、セイタ殿です」
レント大臣がそうセイタを紹介すると、王子様は目を丸くしていた。
「村長の息子? それでは跡取りなのでは?」
「ええ、まあ」
セイタは軽く頷いた後、小さな声で呟くように言う。
「こんな遠くまでは、他の村民はちょっと……」
頭を掻きながら最後まではっきりしない言い方が、私にはもどかしかった。
素直に、命の危険があるので村人には任せられず、村長の息子の僕が来たんですと言えばいいのに。
愛想笑いで誤魔化そうとしてない? 王子様にそんなの伝わるのかな。
「成程。戦場に随伴するのです、生半可な覚悟では務まりませんね」
「──そういう事です」
セイタは少し大人びた笑顔で答えた。それに、王子様も微かに笑って頷いていた。
驚いた、それで通じるんだ。
これが「大人」の会話。
私もこういう風に立ち回れるようにならなくてはいけないんだろうか。
あんまりおしゃべりは得意じゃないから、全然自信が持てなかった。
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