第2話
徒歩でライラ村へ行くというのは聞いていたが、まさかこれほど遠いとは思っていなかった。もう何キロ歩いただろうか。織田信長の時もこっちに転生してからも、馬でしか移動したことがなかった。久しぶりの長距離移動に足は棒のようになっている。
「ヴィンセント、あとどれくらい?」
頼む、あと少しと言ってくれ。「もうすぐ見えますよ」と。しかし、彼から帰ってきたのは「今夜は野宿になります」という、恐ろしい事実だった。
「坊ちゃまが寝るときは私が見張りますから、ご安心してください。野犬に襲われることはないでしょう……たぶん」
野犬!? こっちの世界には野犬がいるのか!? どうやら、俺は王宮の暮らしで野犬の存在自体を知らなかったようだ。もしかしたら、もっと恐ろしいモンスターがいるかもしれない。ヴィンセント一人に任せて大丈夫なのだろうか。二人して八つ裂きにされる未来しか見えない。それに「たぶん」という言葉が気になる。そこは自信をもって断言して欲しかった。
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日が暮れると、大木の近くにテントを張る。これなら、雨が降っても大丈夫だ。
「これが今夜の夕食になります」
ヴィンセントがバッグから取り出したのは、非常食の数々だった。缶詰の魚にお湯で作るお粥。生前の記憶がよみがえる。そういえば、信長の時は陣中食を食べたっけ。ワイルドな戦国時代からぬるま湯のような異世界。改めて考えると落差が激しい。神様は国王の息子にすることで、前世の過酷さをマシにしようとしたかもしれない。だが、暴君の息子にすることはなかっただろうに。
ひもじい夕食を食べながらも、飢えないことに感謝した。国王は「びた一文やらん!」と言ったが、最低限のものは用意してくれたのだ。少しは人間の血が通っているのかもしれない。
「坊ちゃま、村に着く前に基本的な情報をお伝えします」
ヴィンセントの表情は真剣そのものだった。
「ライラ村は数年前までは坊ちゃまの認識通り、豊かな村でした」
ヴィンセントは懐かしむように遠くを見ていた。おそらく、知り合いと一緒に過ごした日々を思い出しているに違いない。
「しかし、国王の圧政で民は貧困に陥りました。具体的には、関所の設置に高い税金。そして、商売の規制。ですから、村民は王族を憎んでいます。おそらく、坊ちゃまのことも」
俺は自身が憎まれているであろうことは覚悟していた。さすがに殴り殺されることはないだろう。いや、そう信じたい。
「ああ、そんなに心配なさる必要はございません。知り合いのエリックは人望が厚いですから、さすがに村民も物騒なことはしません」
「それならいいんだけれど……」
今度の転生でリンチで死ぬのだけは避けたい。それに、意地悪な神様のことだから、三度目の転生先はさらに酷いに違いない。たとえば、指名手配中の極悪人とか。
「さあ、夕食を食べ終わったら、すぐに寝ましょう。明日も長距離移動になりますから」
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翌日、ひたすら歩き続けると一つの村が見えてくる。そこは廃屋が目立ち、川は濁りきっている。田畑は荒れ果て、人の手が入っているようには見えない。この村も国王の圧政の影響が大きいらしい。さて、ライラ村を目指して歩き続けますか。
「坊ちゃま、どこに行かれるのですか?」
「え? ライラ村だけど」
「ここがそのライラ村でございます」
「……。ねえ、ヴィンセント、嘘だよね?」
「私は坊ちゃまに嘘をついたことはありません。ああ、エリックがこっちに向かってきます。事前に訪問するのを知らせておいたのです」
さすが、ヴィンセント。手際がいい。
「それで、この人がアレンさんかい?」
エリックさんは俺が国王の血筋の者だからか、少し距離を置いている。眉間に深いシワを寄せながら、慎重に俺を見定めているようだった。
人間の印象は会って数秒で決まるという。俺は元気よく「アレン=ザイルです! よろしくお願いいたします!」とあいさつした。
「ちょっと、ここでその名前はまずいですよ……」エリックさんは低い声で俺にささやいた。村人たちがこちらをじろりと見ているのが分かる。エリックさんは何を焦っているんだ?
わずかに芽のでた田畑を耕している老人が、ジロッとこっちをにらむ。
「今、ザイルと言ったな? まさか、あの暴君ザイル国王の血筋の者か?」
老人が手に持ったクワを握る力が強くなり、細い腕に太い血管が浮き出る。この老人にとって、俺の印象は最悪なものになったに違いない。それがどうした。人間は血筋では決まらない。暴君の息子は暴君だという認識を変えてやる。俺は大きく息を吸うとこう言った。
「ああ、俺の名前はアレン=ザイル。この村を変える男だ!」
三度目の人生は追放貴族。信長の知恵でスローライフを目指します 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993
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