第26話 試練の遺跡 リべんジ

『時計は持った?』


「当たり前よ」


「ランタンある?燃料も?」


「問題ないわ」


『旅のしおりはリュックの底でくしゃくしゃになってない?帰ってきてから見ても遅いんだよ?』


「相変わらずわけ分かんないことばっかり言うのね」


「サナは変、はっきりわかんだね」


『ちょっとパルマ!ちゃんと教えた通りに使ってよ!それは誤用だよ!うん?間違ってないのか?うん?』


「いいから、そろそろ出発するわよ」


「わよー」


『道中は暇だろうし和式便器と洋式便器の普及率についての考察を聞かせてあげるね。戦後の日本では……』


 私たちは宿を後にした。目指すは遺跡の最深部。帰ってきたら祝勝会だ。




 ⬛︎




『……というわけで、傷さえなければ感染は起こらないから、普段から食生活に注意して、柔らかいうんちを心がければ安心して生で頂けるっていうことだよ。参考になったかな?』


「よく分かったわ」


「たわ」


『アレのないこの世界では切実な問題だからね。理解して貰えたようで、話した甲斐があって良かったよ。ところで豚の腸……』


「もう着いたから、サナは少し休んでいていいわよ」


『そうだね、少し話しすぎたね、疲れてしまったし休むことにするよ』


 結局何を聞かされているのかさっぱり分からないまま遺跡の前まで辿り着いてしまった。ホルモン?フェロモン?がなんとかかんとか。


「エイナル、挨拶しよう」


 パルマに言われて思い出した。この間は見張りの男性が立番をしていたけれど、今日は入り口には誰もいない。詰所の中にいるのだろうか?いずれにせよ遺跡に入る前に、一言挨拶はしておいた方がいいだろう。


 詰所の扉をノックする。少し間をおいてから、中から例の男性が扉を開けて顔を出した。


「……ああ、お前らか。ここに来たってことは準備が整ったっていうことか?」


「ええ、今から向かうわ。その前に挨拶しておこうと思ってね」


「……顔を見せたからには、帰ってくる自信があるんだろうな?どうせ死んじまうんだったら黙って行って欲しいくらいなんだぜこっちは」


 相変わらず辛気臭いことばかり言う人ね。素直に応援してくれたっていいのに。


 でも、若者が何人も死地に向かうのを見せられるのは、精神的に疲弊するだろうから仕方がないとは思う。


「安心しなさいよ、ちゃんと帰ってくるから。お土産は何がいいかしら?」


「……そうだな。もし死んだやつの遺品が残っていたら持って帰ってきてくれ。徽章の置いてある場所の近くは物品が消えずに残るはずだからあるとしたらそこだけだ。他の場所は遺跡に吸い取られちまうから、野営する時も気をつけろよ。地面に直接置くのは避けて、定期的に動かせば消えないからな。他の方法としては、遺跡由来の石の破片なんかを噛ませれば、動かさなくても消えることはない」


 思っていたより重要な情報が手に入ったわね。やっぱり地元の人間と仲良くしていた方がいいということかしら。


「分かったわ、情報ありがとう。参考にさせてもらうことにする」


 礼を言って、その場を後にしようと彼に背を向けたら待ったがかかった。まだ何か情報があるのだろうか?


「お前ら、遺書はどうした?」


 あ、すっかり忘れてた。時計とかの攻略に必要なものは準備してたんだけどそっちの方は全く頭になかった。どうしよう。


 元から準備するつもりがなかった体で押し通そう。そっちの方が格好がつくし。


「必要ないわよ、ねえ?」


「みんな死なない」


『そもそも書けないし、残す相手がいないよ。いらないかな』


「そういうことだから、帰って来てから土産話をしてあげるわよ。暗かったら泊めてもらうからそのつもりでいてね。4日か5日後くらいになると思うわ」


「……そうか、分かったよ。またな」


「ええ、またね」


「またくる」


『まったねー』


「ん?なんだ今の声は……」


 その後は振り返らずに遺跡の入り口へと進んだ。


「サナ、あんた最後のやつって……」


『うん、声が出ちゃった。ついね』


 まあいいか。気のせいだと思うだろうし。たまにはね。




 ⬛︎




 なんだかんだで、遺跡を進んであっという間に広間まで到着した。ここに来るまでにスケルトンに5回遭遇している。得られた魔石は砕けばランタンの燃料となるためしっかり回収している。長い道のりになるから、多少荷物が増えるのは仕方がない。それに行きは荷物も多いけど、帰りは減るからそれを考えれば気が楽だ。食料は減るばかりで増えることはない。


「ここ、初めての場所」


 パルムがポツリと呟いた。私もサナも無視した。触れない方が身のためだからだ。でも私たちが反応を返さないことに不満があるのか、パルムが続けて呟く。


「2回目、して欲しい」


 これは無視するのが難しい。無視したらパルムの機嫌が物凄く悪くなって後の探索に影響が出る。


 ここでいう2回目というのは、口から口への接触を言っている。間違ってもお尻から口ではない。私はパルムのキス奴隷になってから何度もキスはしているけれど、口へのキスはまだ1度もしていない。パルムは既に済ませたと勘違いしているけどそれは私のお尻だ。


 つまり、パルムは私にとってのファーストキスを要求している。口と口という意味で、それはパルムにとっても同じだ。そして私は、その要求に応えなければいけない立場だ。マジでどうしよ。


 取り敢えずほっぺにキスして誤魔化すか。いや、でも……。


「エイナル、そんなに嫌?」


 心なしかいつもの無表情が、いつもと違うように見えた。寂しそうな、悲しそうな。そんな表情で私を見る彼女を、どうして突き放すことが出来るだろうか。ここが魔物の蔓延る危険地帯だろうと、ギルドの集会所のど真ん中であろうと、この期待に応えられないやつに、彼女と一緒にいる資格はないと思った。


「嫌じゃないよ、私もしたい」


 彼女を抱き寄せる。


 私よりも小柄で肉つきも薄い体は、少し力を入れただけで簡単に引き寄せることが出来た。


 彼女の潤んだ瞳がゆっくりと閉じられる。薄い色をした小さな唇に私は自分の顔を寄せて……。


「キシェアァァァ!!!」


 俺たちも混ぜろよ、と言わんばかりに、通路からスケルトンが5体現れた。ぶっ殺す。



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