第25話 タイトル考える時に腹便記と迷った

『ねえパルマ、トラってどんな鳴き声か知ってる?教えてよ』


 サナが世間話のつもりなのか、パルマに話を振った。


「がおー」


 トラのつもりなのだろうか。パルマが両手を胸の前に掲げて爪を立てている。可愛い。


『その声は!もしや我が母パルマではないか?』


「いかにも」


『ねえ聞いたサナ!?もしかしてパルマは異世界人かもしれないよ!』


 何を言っているんだろう、無駄にはしゃいでいないで警戒して欲しい。トラは賢い生き物だというから、奇襲されたりするかもしれないわよ。


『山月記は転生物の走りだとわたしは考えているんだ。あれは転生ガチャに失敗した男の後悔の物語なんだよ。巷では異世界転生の物語が流行っている理由として、現代人のリスタート願望が多分に含まれていると解釈されているね。これについてはわたしも同意見だよ。でも実際にトラックにわざと轢かれたところで、その先には何も得られないのが現実だ。中島敦はガチャに失敗した男の哀れな姿を描写することで、異世界での無双に夢想するのではなく、これ以上後悔しないように今すぐ自分の行いを振り返って、より良い未来を掴み取れというメッセージを読者に送っていたんだよ。まあわたしは山月記は割と好きだけれど、あれを高校の教科書に採用されるのはどうにも反発してしまうんだけれどね。説教くさいくせに、人がトラになるっていうのがインパクトが強すぎて説教が頭に入って来ないんだよね。ところでガチャに失敗してサナダムシになった女についてどう思う?腹便記ってタイトルで本出しても良いかな?』


「グァウォォオ!!」


『パルマ、もうトラの真似は……って本物の李徴りちょうだよっ!獲物だって言ってる!』


「パルマっ!皮を傷つけないように援護!サナはトラと話すのが得意なんでしょ!?さっさとして!」


 薄くて黄色い、土の色をしたトラが森の中から唸り声と共に飛び出してきた。


『わたしは立場的に李徴りちょうに同情するから非常にやりにくいね、あ、ていうかこれはただのトラじゃん。わたしの中で李徴りちょうは天国で袁傪えんさんとラブラブチュッチュしてるからこのトラは関係ないや。そうと分かればdcyhっきjんfg——』


 サナがごちゃごちゃ言いながらも呪言を唱え始めた。トラの挙動が目に見えておかしくなる。わたしはどこからか2匹目が飛び出して来ないか警戒しながらも、足を踏み出してトラとの距離を詰める。


「うぉーたーすまいと」


 パルマが魔法を唱えた。私の走る横を通り過ぎるようにして放たれた水の衝撃弾がトラの左前足に命中する。トラが私から見て右側に姿勢を崩し、首が曝け出された。左上から右下へ、トラの晒した首を目掛けて細剣を一閃する。いつしか戦ったクマと違って毛は厚くないためすんなりと刃が入る。


 ザシュ。


「ギュアアアウ!!」


『痛ぇえええ!』


「いちいち通訳しなくて良いわよ。後味悪いわね。もう終わったわ」


 トラは首から血と泡を吹き出しながらふらふらと数歩歩いた後、その場に座り込み、やがて力尽き倒れた。


「取り敢えず1頭目ね、さっさと解体しちゃうわよ。大きすぎて吊るせないから、まずは仰向けにするわ。パルマは手伝ってちょうだい。サナは周囲を見張っていて」


「りょーかい」


『毎回断末魔を聞かされるわたしの気分を味わって欲しかったんだよ、了解』


 パルマと2人でトラをひっくり返す。大きくて重いのでここは力勝負だ。トラの身体構造的に、手を離すとどうしても横を向いてしまうので、片側をパルマに押さえて貰った状態で作業する。


『暇だから独り言を喋るね。作業用BGM代わりに聞いて欲しいんだ。この後の展開予想なんだけど、おそらくは崖側にトラの棲家の洞窟があってね、洞窟の入り口でもう1匹のトラと戦ってわたしたちは勝つ。それでその後に洞窟の中に入ってみようってことになるんだ』


 腹の皮にナイフを入れる。皮だけに切れ込みを入れ、そこから少しずつ皮を剥ぎ、範囲を広げていく。


『洞窟に入ると、小さな鳴き声が聞こえる。気になって探してみると、小さなトラの赤ちゃんがいるんだ。都合のいいことに1頭だけで、しかも乳幼児なんだ。子トラは母親が死んでしまっているので母乳を得られない。子トラの将来を憂いたパルマが「可哀想」って呟く。自分たちで親を殺しておいてよく言えたもんだよね?』


 おなかの皮をある程度剥いだら、足の関節にナイフを入れる。関節で切り離して足から背側に皮を剥いでいく。


『パルマの呟きを聞いて、エイナは少し考えた後に言う。「私が育てる」ってね。それが責任を取る方法だみたいなことを言うんだよ。そして子トラを連れ帰って、その後は特にトラブルもなく、子トラを愛でるんだ。子トラにマスコットポジションを奪われた哀れなサナダムシは、誰にも気づかれないように、エイナのおなかの中で声を押し殺して毎晩うんちを涙で濡らす』


 皮はなんやかんやで全部剥ぐことが出来た。討伐証明部位の尻尾を切る。皮は体から完全に切り離して血で汚れないように遠ざける。最後に魔石を取り出さなければいけない。内臓を傷つけないように浅くだ。腹から湯気が出て、私の鼻に入る。咽せそうになるけど我慢して、ナイフを胸元まで持っていき、そこからは力技だ。腕を突っ込んで魔石を探す。


『勇者の試練に期限は無いけど、サナダムシには寿命がある。子トラと仲睦まじく遊んでいる2人に、サナダムシは自分の余命が後3カ月だと伝えられないまま、時が過ぎる。ある日声が聞こえなくなって、エイナは不安を感じながらもいつもどおりにうんちをする。自分がしたうんちを確認するとそこには変わり果てた姿の……』


「終わったわよ。だからその悪趣味な独り言をやめて。心配しなくてもちゃんと勇者になるから」


「サナは私が産む」


 おそらくは7割冗談、3割本心だろう。寿命があるとして、それがどのくらいなのかは私には分からない。サナに聞いても、はぐらかされるか、嘘を教えられるか。いずれにせよ参考にはならない。ただ、3カ月より短いということはないだろう。それを目安に動いていけば問題ない。


 人以外の生き物に生まれ変わってしまったサナは、相当な不安を抱えているはずだ、ふざけた調子で話しているけれど、今回はそれが溢れてしまったんだろう。冗談と斬り捨てずに向き合っていかなければならない。あまり悠長なことをしていると、試練を終えた他の候補たちの中から勇者が生まれてしまう。


 解体が終わった後はトラを片付けて、私たちは崖に向かった。そこには洞窟があり、中からはタイミングよくもう1匹のトラが現れたので倒し、剥ぎ取った。洞窟の中に入ると鳴き声が聞こえてきて、そこには4頭の生まれたばかりの子トラがいた。目も開いていない子トラがにゃあにゃあと鳴きすがるが関係ない。人喰いトラを飼う趣味は私には無いので一振りで殺して焼いた。


 私たちは重いトラの皮を2頭分持ち帰り、ギルドへと帰還した。トラ6頭を殺して得られた報酬は金貨で約70枚だった。そして私とパルマの2人とも、F級からE級冒険者へと昇格を果たした。






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