第24話 トラ退治

 遺跡攻略の為のお金稼ぎはまだ続く。ランタンはともかく時計が高すぎるからだ。


 成人男性の1カ月の収入の平均が大体金貨15枚で、冒険者の場合は金貨25枚くらい。魔物と戦う分危険が多い職業だから、その分収入も多くなっている。じゃあ時計はいくらするの?金貨で50枚だ。冒険者が2カ月間働いてようやく手に入れられるほどの大金だ。短期間で稼ぐのは簡単なことではない。でも時計がないと遺跡の中で時間が分からなくなって、食料の消費ペースや攻略進度が掴めなくなる。


 資金集めのためにも、狩る魔物や受ける依頼は選ぶ必要がある。効率の悪い魔物を狩っていても、いつまで経ってもお金が増えないし、日々の宿代だってかかる。ちなみに宿は2人部屋にする事で若干安くなった。ただし毎晩パルマが誘惑してくるので私は辛い。


 話を戻す。私たちは今、ギルドの掲示板の前で依頼の精査をしていた。ここ数日は毎朝、効率の良い依頼を探している。朝方は新規依頼の更新が行われるため、ギルド内はいわゆる冒険者ラッシュという状態になる。美味しい依頼を冒険者同士が奪い合うのだ。


「おい!その依頼は俺が先に手をかけてただろ!返せ!」


「何言ってんのよ!あんたが触ってたのは隣の女の人の胸でしょ!どさくさに紛れて肘パイしてるの見てたんだからね!みなさん聞いてくださーい!あの人痴漢です!」


「はあ!そんなことしてな……いや違う!あいつが嘘ついてるんだ!マジで!かんちがグハッ……」


 哀れなやつだ、下心を出したがために私に先を越され、その上バレて床に転がっている。他の冒険者たちの足場になればいい。


 しかし私も依頼票を手に取ったからと言って安心してはいられない。ここから窓口までの間に奪われる可能性もある。懐に入れて大事に抱えて、そそくさと壁伝いに群衆から脱出する。途中で何度か手が伸びてきたけれど、痴漢扱いが怖いようでそれ以上は手出しされなかった。


 なんとか男臭い人混みから脱出して、離れたところで見守っていたパルマへと近寄る。心配してくれているんだろうけれど、表情からは伺えない。でも最近は逆にこの無表情が逆に良いなと思い始めている。いつか笑わせたり、怒らせたり、曇らせたりするのが今の私の目標だ。


「良さそうなの取れたわよ」


「頑張った、ご褒美あげる」


 そう言ってパルマが私に体を寄せて、頬に軽くキスをする。こういうやりとりも増えたけれど、流石に人目のつくところでやられると私も恥ずかしくなる。実際に何人かの視線を集めてしまった。


「あ、ありがと。……えっと、依頼内容説明するわよ!」


 南の森の伐採場近くにサンドタイガーらしき土色のトラが2匹出没していて、どうやら巣を作って周辺を縄張りにしたらしい。これの討伐が依頼内容だ。報酬は金貨15枚と銀貨2枚。討伐部位は尻尾。サンドタイガーはE級の魔物で、魔物の格としてはホブゴブリンやオークと同じであり、そこまで強くはない。今の私たちでも十分対応出来るはずだ。小規模な魔法を使ってくるのが少しだけ厄介なところだろう。


 この依頼の美味しいところは、討伐対象がサンドタイガーという、比較的この周辺では珍しい魔物だという事だ。トラの皮は種類を問わず高値で売れるし、大きさ的にも持ち運びが可能な範囲だ。2匹倒して皮を持ち帰れば皮だけで金貨50枚。今の持ち金を含めなくても時計の購入金額に届くはずだ。その上報酬も貰えるんだからやらないわけがない。


 依頼内容をパルマに説明すると、良くやったと言いたいのだろうか。もう一度私の頬にキスをされた。少し暑くなってきた。手のひらで顔を仰いで誤魔化す。


『これを達成すればそれだけでお釣りが来るね、早速だけど伐採場とやらに行ってみようよ』


 サナが私たちのイチャツキに横槍を入れる。少し不満もあるけれど、そうでもしないといつまでもパルマが私に構うので正直助かった。私たちの周りだけ桃色の空気が漂っているし、周囲の視線が気になって居心地が悪い。さっさと退散することにしよう。


 まだ続けたそうにしているパルマの手を取って、私たちは伐採場に向けてギルドを後にした。




 ⬛︎



 東門を通って街の外に出てから南に向けて迂回する。伐採場は街道から大きく外れた場所にある。切った木材を搬送するための道は整備されているので、山に向かって道を歩いていくだけで目的地に着いた。


 辺りには積み上がった木材や切り株が点在していて、思っていたよりも見通しは良い。しかし虎自体は森の中に潜んでいるはずだ。周辺地図を眺めながら3人で作戦を練る。


『西に川が流れているね。魔物と言っても野生動物なんだから水辺にいそうな気がするな』


「……東側、崖がある。洞窟とかあるかも」


『洞窟はトラの巣になっている可能性がるね』


「うーん、川と崖の間はそこまで開いていないのよね。出来れば1体ずつ相手をしたいから、巣があるかもしれない崖側は後回しにした方がいいんじゃないかしら?西から川伝いにある程度進む。この川の曲がったところを目印として、ここからは東に方向を変えて進んでみたらどうかしら。崖まで行って虎に遭遇しなかったら適当に鳥でも捕まえて焼いてみるのはどう?この辺は強い魔物も大型の獣も出ないみたいだし」


 針葉樹林だからか、木の実や果物が少ないみたいで動物類は多くないようだ。この間みたいにクマが出てくる可能性は低いだろう。


『異議なし』


「それで良い」


 2人の了解を得られたので、まずは川を見つけることから始める。といっても地図を見ながら南西に進むだけだ。


 切り開かれたところから、森の深いところへと入り込む。背の高い樹木が等間隔で並んでいて、次第に陽の光が木によって遮られ薄暗くなった。小さめの尾根を何度か乗り越えながら進む。平地と違って勾配があるのでそれなりに体力を使う。私は剣を使う関係上、冒険者を始めてからそれなりに体力がついたけれど、そうではないパルマは大変そうだ。はあはあと呼気を荒げて辛そうにしているのが木になる。魔法使いは基本的には遠距離攻撃を用いるため、剣士に比較して運動能力が鍛えづらいのだろう。適宜休憩をとりながら川を探して森を進んだ。


 ちょっと大きな尾根を超えたところでやっと目的の川が見えた。川幅10メートルくらいの小さな川だ。水面がキラキラと輝いていて、透き通った水が南から北へ向かって流れている。川があるためか周辺には涼しい風がそよいでいる。


 上流に向かって川を南下する。ごつごつとした岩場が続いているため、足元に注意しながら歩く。足元は悪いけれど、森の中を歩くよりかは神経をすり減らさなくて済んでいた。視界が開けている分、虎を探すのが楽だ。


「見て」


 パルマに声をかけられて斜め後ろを振り向いた。彼女が指を指して、岩の上に落ちている何かを示している。近寄ってそれを確認してみる。これは……。


ふんね」


ふん


ふんというよりもこれは……うんちだね』


 獣のものと思われる糞だった。私は斥候でも狩人でもないし、こういったものに詳しくはないが、うちには専門家がいたことを思い出したのでこれ幸いと聞いてみる。


「サナ、これから何か読み取れる?あなたの専門分野でしょ?」


『人聞きが悪いなあ、わたしがまるでうんちソムリエみたいな言い方をしないでくれる?』


 そこまでは言っていない。被害妄想でしょ。


「それで?何かわかる?」


『形状的にはイヌやネコに近いんじゃないかな。シカやウサギだとコロコロしたものになるはずだし。比較的大きめだけど、クマやイノシシとは違う。トラの糞だと言われれば納得は出来るかな』


「臭い」


 パルマが鼻を押さえて顔を顰める。確かに少し強い匂いがする。


『そうなんだ?わたしには匂いは分からないけど、パルマの言うように匂いが強いなら、雑食性の生き物である可能性は高いね。それにまだ湿っているように見えるし、動物の毛らしきものも含まれている。トラの確率が上がったよ。それに近くにいるかもしれないね』


「流石ね、サナダムシは伊達じゃないっていうことかしら?」


『ちなみにエイナのうんちは「やめて」』


 パルマの前でその手の話は禁句だ。いくらサナでも許さないわよ。


『冗談だよ、そんなに怒らないでよ。とりあえず糞は見つけたわけだけど、どうしようか?まだ川沿いに南へ進むか、東に向かうか』


「東がいい」


「そうね、トラが水場として川を使うとしたら、巣から遠いところよりも近いところにするはずだわ。真っ直ぐ東に向かいましょう」


 90度方向を変え、私たちは東の崖に向かった。





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