第15話 試練の遺跡 お試し版

 短い階段を下り切ると、1本道の通路が現れた。通路の先は真っ暗になっていて見えない。ここから先は明かりが必要だろう。壁に何本かの松明がかけられているので、布に油が十分残っているか確認した後に、一つ手に持ち火をつける。念のため腰のベルトに、火をつけていない松明をもう一つ差し込んでおく。


『ランタンは準備しておいた方がいいね、腰から下げて使えば両手が空く』


「4日分の燃料が問題よね。魔石を使うタイプじゃないと途中で火がなくなってお陀仏だわ」


『そういうミスをして死んじゃった人もいそうだよね。やっぱり事前の準備は大事だよ』


「慎重に進みましょう。松明だけじゃ暗くてよく見えないし、罠もあるって話だったからね」


 左手に松明を、右手は鞘から剣を抜いて、私たちは先へ進んだ。


 先が見通せない廊下を、足を地面に擦るようにしてゆっくりと進む。しばらく真っ直ぐに進んだところで道が3本に分かれた。確か地図だと最初の分かれ道は左に進むのが正しかった。他の2本は落とし穴になっているはず。落ちたら下の階まで真っ逆さまで、運良く生き残っても怪我は免れないだろう。


 分かれ道を左に進む。私と同じく、サナもある程度は地図が頭に入っているため、何も言わずにいる。間違っていたら教えてくれる。私1人だと、暗闇の恐怖に心が屈して、正常な判断が出来なくなるかもしれないけれど、サナがいるから安心して前方に集中出来る。


 分かれ道を左に進んですぐ、前方から足音が聞こえて来た。遺跡に出現する魔物で、足を使って移動するのは1種類しかいない。相手が人間じゃなければスケルトン一択だ。


 通路の突き当たり、右に曲がる角の向こうから足音が近づいてくる。


『エイナ』


「分かってる」


 私は松明を足元に置いて、襲撃に備えた。


 角から何者かが飛び出して来た。人間大の、骨だけの魔物。右手には細身の剣を握っている。ボロボロの衣服を纏った、元は人間だったもの。スケルトンだ。


 スケルトンはこちらに向かって両手を振り上げ襲いかかって来た。この狭い通路では大振りの攻撃は逆に隙を生んでしまう。人間であれば当たり前に分かるそれが、こいつには理解できないらしい。考えるための脳が無くなってしまっているからか、はたまた、元々そういうふうに動く魔物なのかは分からないけれど、剣を壁にガリガリとぶつけながら、関係ないと言わんばかりに突っ込んでくる。こういう頭を使わない魔物は苦手だ。常識が通じない分、何をやってくるのか分からないのは怖い。


 振り上げてきた剣を剣で受ける。思ったほど膂力は強くない、私でも受けられる程度だ。


「サナ、一応試してみて」


『了解、ぐdkjどcjcんcじ。無理そうだね、聞こえている筈だけど反応がないよ』


「了解、分かったわ」


 細剣を斜めにし、受けていた相手の剣を下に流す。出来た隙をついて首目掛けて一閃する。スケルトンの首が飛ぶ。髑髏が床に落ちて、見た目の割に軽い音が通路に響き渡った。


 しかしスケルトンの動きは止まらない、後ろに下がって距離を取った私に向かって、再度腕を振り上げて攻撃してくる。


「調べた通り、面倒な相手ね」


 斬撃を避けてから、スケルトンの胸元目掛けて突きを繰り出す。骨と骨の間に差し込んで、胸の奥の黒い魔石目掛けて、もう一押しする。


 ガキン、という音ともに確かな手応えを感じた。魔石を割った感触が手元に届くと同時に、スケルトンの骨がバラバラと崩れて床に落ちた。


「魔石を砕けば倒れるのも情報通りね」


 落ちた魔石を拾い集める。あまりに細かい欠片はそのままだ。このくらいなら放っておいても魔物が湧くことはないだろう。


『広いところで囲まれると面倒そうだね、首を刎ねても関係なしだ』


「そのときはサナに頼むわよ。最初の時と一緒で、アンデッドだからあの魔法が効くんでしょ?」


『ホーリーウィンドだね。聖属性はアンデッド特効だから有効だと思うよ。そのときは任せて』


 床に置いていた松明を拾い上げてから、またゆっくりと、少しずつ遺跡の奥へと進んで行った。




 ⬛︎




 その後も計3回ほどスケルトンに遭遇した。剣だけではなく、素手だったり、杖を持っていたりしたが、いずれも考え無しに殴りかかりにくるだけで、単体では脅威には感じなかった。ただし出現頻度がやや高いような気がする。


「そもそもこいつらは元人間なのよね?何体も出てくるのっておかしくないかしら?勇者候補なんて1度に数が8人しかいないはずなのに』


『連れの人間が何人もいた、何百年分の死体が溜まっている。色々理屈をつけるしかないんじゃない?持ち帰るための徽章を補充にきた人が失敗して死んじゃったのかもしれないし』


 通路が狭いから助かっているけれど、挟撃されたり囲まれたりすると本当に面倒そうだ。そろそろ引き返すタイミングかな。


 そんなことを考えながら歩き続けていたら、足に何かが引っかかった。驚いて後ろに飛び退く。


「何かあったわ」


『注意して、罠かもしれないよ』


 足元を警戒しながらもう一度進むと、床が一部だけ出っ張っている箇所を見つけた。どうやらここに足が引っかかったようだ。


「なにかしらこれ。明らかに怪しいわ」


『罠だとは思うけど、確認しておいた方がいいよ、姿勢を低くして遠くから松明の先で押してみたら』


 随分と軽々しく言うけど、回避不能な罠だったらどうするのよ。まあ、言われた通り押すけれど。


 後ろに下がって、松明使って突起を押してみる。突起が凹んで平らになったと同時に、通路の右端から何かが飛び出して、カンッという音がなって左の壁に当たり床に落ちた。


 床を見ると小さな矢が落ちていた。矢尻には黒い液体が付着していた。毒矢だ。


「あっぶないわね!こんなの避けようが無いじゃない!?」


『すり足で移動しておいて良かったね。毒の種類によるけど、即効性ならわたしでも解毒が間に合わなくてエイナが死んじゃうよ』


 矢の出所を探してみたけれど、すでに音沙汰はなく見た目には判別がつかない普通の壁だった。これでは罠に気付くのすら難しい。警戒しながら進まないと罠の餌食になってしまう。


「次に変化がある場所まで行ったら引き返そうと思うんだけどどうかしら?」


『賛成だね、大体の傾向も掴めたし初回の成果としては十分だと思う。地図に罠の位置を書いておくのを忘れないでね』


 言われて気づいたので、早速地図を取り出して目印をつける。ついでなのでこの先がどうなっているかを確認した。


「少し行ったところで大きな広間になっているみたい。せっかくそこまで行きましょう。魔物がいたら数によってはサナの出番ね」


『了解、道中も警戒しながら進もう』


 その後もすり足で進んでいくと、先ほど見た小さな矢と同じものが落ちていた。近くの床にも似たような突起がある。


「誰か罠にかかったのかしら」


『先行した人がかかったのかも。だとしたらまずいね。死んじゃってるかも』


「少し急ぎましょうか。競争相手とはいえ、死なれたら夢見が悪いもの」


 少し進んだところで大きな広間に出た。暗闇のはずが、この広間だけは明るかった。それもそのはずで、広間の中央で松明片手に誰かが座り込んでいる。そしてその周りにはスケルトンが2体。挟み込むようにしてジリジリと距離を詰めているところだった。


『エイナ』


「分かってるわよ!』


 走りよって、勢いそのまま細剣でスケルトンの足を斬りつける。まずは1本斬り飛ばした。倒れ切る前にもう1本も斬り飛ばす。これで取り敢えず時間は稼げるだろう。


 無事な方のスケルトンに近寄って、攻撃を誘ってからかわし、心臓部の魔石を目掛けて突きを繰り出す。魔石を割った。あとは倒れている足のないスケルトンだけだ。暴れているスケルトンの心臓を同じように刺して止めをくれてやる。


 取り敢えず直近の脅威を排除出来たので、座り込んでいる人物に声をかける。


「大丈夫!?って、あなた、馬車でスリからスッてた……」


 見覚えのあるフードで顔を隠した、スリからスった同乗者が、肩を震わせながら床に倒れ込んだ。



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