第14話 タクラリアの街と試練の遺跡
街に入る前からスリ騒ぎで一悶着あって、この先の道行に不安を感じながらも、私とサナは門を潜って宿を探した。無事に宿が取れたので街中を散策しながらギルドへと向かう。
街の至る所で、『勇者選定の街 タクラリアへようこそ』という看板が掲げられている。
タクラリアは試練の遺跡に1番近い街という立地を活かし、観光地として栄えている街だ。その辺の露店を覗くと、剣の形をした謎の木像やら、木刀やらが幾つも並んでいた。勇者の剣という体裁なんだろうけど、500年も前の勇者の剣、それも最後の試練の場に奉納されているはずの物と、意匠が同じとは思えない。実際に見ていても、露店によって剣の見た目がだいぶ違う。こんな適当な物にお金を出す人はいるのだろうか。
そう思っていると、観光客らしい家族が子供に木刀を買い与えている姿が見えた。小さい男の子なんかはこういう物を欲しがるようだ。確かに売っている木刀はどれも小さめに作ってある。最初から子供向けの玩具として販売先を想定しているんだろう。
私が勇者になったら細剣型の木刀がたくさん作られて、女の子に売れれば良いなとぼんやり考えていながら歩いていると、冒険者ギルドの看板が目に入ったのでそちらへ向かって中に入った。
『ナイベリニアより大きな建物だね。街自体も大きいし、活気に溢れているように見えるよ』
「都市の1歩手前くらいの規模だからね。田舎から出てきた身としては肩身が狭いわ」
ギルドの中の造りや物の配置はナイベリニアと一緒だけれど、フロアは広いし
『大丈夫だよ、勇者候補である前に、エイナは1人の冒険者だ。周りの人たちと同じなんだから気にしすぎても仕方がないよ』
「そうね、ありがとう。頑張ってみるわ」
私を励ましてくれたサナに礼を言ってから、出来るだけ空いていそうな窓口を探す。都合よく誰も並んでいないところを見つけたので、窓口に向かって受付嬢に話しかける。
「拠点変更したいから手続きを頼むわ。それと、なるべく静かに対応して欲しいんだけど良いかしら?」
ナイベリニアでの実績の証明書とギルドカードを差し出す。受付嬢は静かに頷いてそれらを預かった。私は追加で勇者候補の証明となる徽章を差し出す。
「試練の遺跡に関する資料があれば欲しいんだけど……」
受付嬢は徽章を見てから大きく目を見開いた後、小声で私に話しかける。
「2階の資料室に担当者がいますので、同じ様にしてこちらを見せて頂ければ対応致します。他に一般の利用者がいる場合は日をあらためた方がいいでしょう。拠点変更の手続きはすぐに終わりますのでそのままお待ちください」
そう言って、証明書とギルドカードを手に取って奥の方へ向かって行った。良かった、話の分かる受付嬢で。大声で驚くようなポンコツだったらどうしようかと不安だった。
少しして戻ってきた受付嬢にギルドカードを返して貰った私は、2階の資料室へと向かった。扉を開いて中に入ると、1人用の小さなカウンターでギルドの制服を着た男性が作業している。他に利用者はいないようなので、徽章を見せて資料を引っ張ってきて貰った。勇者候補のための資料だけあって、装丁も他の本と比較して立派に作ってある。汚したりしないように注意しなければならない。部屋の隅の書見台で隠れるようにして資料を確認する。
『わたしも読みたいから見えるようにして欲しいな』
「ああ、悪かったわね、気が利かなくて。はい、これでいい?」
小声でサナに返事をしながら、太ももの上に本を開いて立てる。なんだか子供に読み聞かせをしているみたいだ。
『ありがとう。大丈夫、ちゃんと読めるよ』
2人で資料の確認をする。書見台の方には白紙の紙を設置してある。地図などは覚えきれないので写しておかなければいけない。
資料には遺跡と街との位置関係、遺跡の構造、遺跡に巣食う魔物の種類などが記されている。それらを必要な分だけ紙に移す。見たところ遺跡は地下へ向かって造られているみたいで、それなりの深さがあるようだ。遺跡の内部で、往復で3日は泊まる必要があるだろう。それに合わせて装備も整える必要がある。魔物のいる場所で夜を越さなけばならない。私はサナが見張ってくれるからいいとしても、他の勇者候補は1人だと攻略が難しそうだ。
大体の情報は書き留めたので、資料を職員に返却する。このまま資料室を出てもいいけれど、ついでなので周辺の地図と魔物情報も確認し、紙に写してから、資料室を後にした。
『どうする?遺跡まで見に行ってみる?距離的には問題なさそうだけれど』
「行って入り口だけ確認してから帰ってきましょう。その後は時間があれば道具屋で必要な物を見繕うことにするわ」
予定が決まったので私たちは遺跡へ向けて街から出ることにした。
⬛︎
遺跡は街からそう離れていない場所にあったけれど、街道からは外れた場所に位置していた。林道に入ってしばらく、峠らしき整備された道を進む。すぐ横から魔物が飛び出してきてもおかしくないような場所なので警戒しながら進むが、不思議と魔物は出てこない。
遺跡も観光地化されているかもしれないと不安に感じていたけれど、流石に魔物が出てきそうな森の中まで観にくる観光客はいないようだ。道中で誰にも出会わないまま、大きな建造物が見えるところまで到着した。建造物の手前には詰所らしき建物があって、外には兵士らしき男性が暇そうに椅子に座っていた。こんな僻地の担当になってしまえば仕方がないだろう。男性に近寄るとあちらから話しかけてきた。
「ここに何か用か?どこだか分からず来たわけでもないだろう」
座ったまま俯いているし、随分とやさぐれているように見える。開幕皮肉を言われて少し頭にきたけれど、私が勇者候補に見えないのが原因だろう。私みたいな小娘が勇者候補に見えるかと言われると私も言い返せないので、仕方なく徽章を見せて証明した。
「勇者候補のエイナルよ。今日は下見に来たの」
徽章を見せると首を上げてから顔を顰めた。
「今日はお前で2人目だよ。勇者候補なんてやめた方がいいぞ。1週間前に入ったやつは帰って来ないし、今入ってるやつもどうだかな」
嫌な話を聞いてしまった。1週間も戻らないのなら、無事でいるとは思えない。死んでいないにしても食料が持たないだろう。資料を見たけれど、4日もあれば帰って来れるだろうと私たちは想定していた。
「私の他に何人入って、結果がどうなったのか教えてくれるかしら?」
「お前が最後だよ、他に全部で7組入った。4組帰って来て、今は死んでなさそうなのがさっき言った1人だな。多分2人は死んでる」
2人も死んでいるのか。今更になって遺跡に入るのが嫌になって来た。でもなんだ?なんか違和感があるな。この兵士の話している内容は正しいんだろうけど変な感じがする。
『入った人数を聞いているのに、何組って回答したのは意味があるのかな?』
サナに言われてハッとなった。そうか、遺跡に入るのは勇者候補1人とは限らないんだ。連れが何人いても試練は受けることが出来る。目的は徽章を持って帰ってくることなんだから。
「……帰って来なかったのは、2人ともソロだったのね?」
「……そうだ。だからお前も今日のところは奥まで入らずに様子見に徹した方がいいぞ。1人で迷宮に入るなんて命知らずも良いところだ。さっき入ったやつにも忠告したが、大人しく言うことを聞いてくれれば良いんだがな。勇者候補はどいつもこいつも若い奴ばかりだから、見送るこっちは気が病んじまうよ」
「……忠告感謝するわ。先に入った人の様子も気になるし、早速中に入らせて貰うわね。見て分かる通りほとんど手ぶらだし、今日は奥までは入らないから安心して」
「気をつけろよ。あと、遺書があるなら今預かるぞ」
いちいち嫌な話を振ってくるけれど、この人が親切で言ってくれているのは分かるので、苦笑いして答える。
「そんなものはないわ、普通に帰って来て、また入る時までに準備しておくわよ。色々ありがとう、じゃあまたね」
「……ああ、またな」
その後は振り返らずに、遺跡に向かってまっすぐに進んで行った。
『あの人には1人に見えたんだろうけど、実際は2人だからね。全く問題はないよ』
「そうね、私にはサナがいるもの。簡単にやられはしないわ』
地下へと降る階段の1段目に、私たちは足を踏み出した。
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