ファーストキス(偽)
第13話 RPGで敵から盗みやすいのと盗みにくいのがある理由
ガタン、ゴトン、ガタン。
馬車に揺られながら、私は今後について考えていた。
今はナイベリニアの街から1つ隣の街を挟んで、2つ隣の街、タクラリアへと向けて馬車は進んでいた。もうそろそろ目的地であるタクラリアへ着くだろう時間だ。
タクラリアへと着いたらまずは宿を確保して、次は冒険者ギルドへ向かうつもりだ。勇者の試練である遺跡の場所を確認して、時間があるようなら遺跡を見に行く。別に1回の挑戦でクリアしなければいけないということはない。遺跡の入り口付近で魔物と戦って、様子を見てから帰ってくれば良い。
ガタン、ゴトン。
遺跡で魔物に手こずるようであれば、街に戻ってから依頼を受けるなりしつつ実力向上に努める。私の装備は教会から配布されたものだからそれなりの物の筈だけれど、不足があるようなら新しく装備を整えるのも良いだろう。あとはあまり期待は出来ないけれど、仲間を募るのも1つの案だ。断られるのが辛いけれど、私とサナで敵わないのならそれも仕方がない。
『エイナ、返事はしなくていいから聞いて。そのまま出来るだけ体を動かさずに向かいの人たちを見て』
私がこの先の行動について思考を巡らせていると、唐突にサナが話しかけてきた。何かあったのだろうか。返事はするなと言われたので、その通りに黙って向かいに座っている人を盗み見る。
馬車としては御者側の、私から見て左側には、フード付きの外套を被った小柄な人物が座っている。フードのせいで顔は見えない。
右は出口側になっていて、中肉中背の男が座っている。目を瞑っているし、眠っているように見える。
場所の中にいる人は私を含めて3人だけだ。向かいの2人は一緒に乗ってきたが、話しているところも見ていないし他人同士だろう。馬車内は狭いから、向かいの2人の間にはほとんど隙間がない。馬車が揺れるたびに肩がぶつかっているように見える。
『右の人の手元が怪しい、左の人から何か盗もうとしているように見える』
(なんだって?)
言われてから、様子を気にして見ていると右の男が左の人物の腰のあたりに手を忍ばせているのが見えた。サナの言う通り何か良からぬことを企んでいるのかもしれない。
ガタン、ゴトン。ガッタン!
馬車が大きく揺れた。少し大きめの石でも踏んだのだろう。そして揺れた瞬間に、右の男が左の人物から何かを抜いて、懐にそれをしまった。
『盗んだね、左の人は気づいていないみたい。そろそろ馬車が街に着くみたいだけどどうする?』
サナに返事をするわけにもいかず、私は目の前で行われた窃盗に、気づいていないふりをするために俯いて寝たふりをしていた。
ガタン、ゴトン。
それを最後に揺れがおさまった。馬車が止まったようだ。
「お客さんたち、街に着いたよ、降りてくれ」
御者が到着を告げる。その瞬間に、右の男がゆっくりと馬車を降りようとする。
男が馬車から外に出たところで、私は立ち上がって男の手首を掴み、後ろに回って腕を拘束した。
「待ちなさいよ!あんたこの人から何か盗んだでしょ!?見てたんだからね!」
「何言ってやがる!!離せ!!クソッ!!ぐえっ!」
男が騒いで暴れるが、背中側から地面に押し倒したので動けないはずだ。
「……ない。財布がなくなっている」
何かを盗まれたらしい、フードの人物が呟く。そんなところでボーッとしてないで手伝って欲しい。あんたの財布なんでしょうが!
「私が押さえてるから探してよ!あんたの物でしょうが!」
私に言われて気づいたのか、馬車を降りて近寄って、男の懐をまさぐる。すると財布らしき布袋を見つけたようで、両手で大事そうに抱えた。
「私の財布。間違いない」
「何言ってやがる!俺をハメやがって!離せ!」
「この後に及んで往生際が悪いわね!腕を折られたくなかったら黙ってなさい!!それとあなた!門兵を呼んできて!護衛の人!スリです。兵士に引き渡すので手伝ってください!」
その後は騒ぎを聞きつけた衆人の中で、門兵に事情を説明しつつスリ男を引き渡した。御者のおじさんと挨拶し別れて、残ったフードの人物と挨拶を交わす。
「助かった。路頭に迷わずに済んだ」
フードが私に頭を下げて礼を言う。どうでもいいけど人に感謝をするときくらいフードを取ればいいのに。
「あなたも不運だけど、もう少し危機感を持ちなさいよ。手の届くようなところに財布を入れておくもんじゃないわ」
「貴方の言う通り。これはお礼、受け取って」
そう言って私の手を取って金貨を何枚か握らせてきた。ありがたいけれど、額が大きすぎる。スリを捕まえた程度で貰いすぎだ。
「嬉しいけどあの程度のことでこんなに貰えないわ。あなたが損するじゃないの」
「大丈夫。貴方のおかげでいつもより楽に稼がせて貰った」
そう言って布袋を2つ、私に見せつけるように取り出した。1つは盗まれた財布。もう1つは見覚えがない。盗まれた方の布袋を私に預けてくる。いったいどう言うつもりだろう。
「中を見ていい」
怪訝に思いながら紐を緩めて中を覗くと、そこには小石や鉄屑が詰まっていた。硬貨の類は見当たらない。
「あなた、これ……」
フードはゴミの詰まった財布を私から取り返して、得意そうに話し出した。
「これは盗まれる用の財布。普段使い用のは別に持っている。こちらの布袋は何用だと思う?」
嫌な予感がして自分の財布を確認する。……良かった無事だ。ていうかよく考えたらあいつが手に持っているのと、私のとは見た目が違うからそんなはずはなかったのだ。
「自分からは盗まない。やられたらやり返すだけ」
そう言って、誰かから盗んだだろう財布をぷらぷらと振って遊んでいる。
「だから気にしないで受け取っていい。私はこの辺で失礼する」
フードはそう言ってから、呆然とする私を置いて雑踏の中へと消えていった。
『世の中の怖さを知ったよ、見事だね』
サナが
「……私も盗まれる用の財布を準備しようかしら』
いくらサナが見張ってくれているとはいえ、私も少しは自衛の手段を考えた方がいいかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます