第12話 判定勝ち

『良かったね、うんちが硬いおかげで。そうじゃなかったら完全に溢れていたよ。繋がっていたからね、うん、あれはセーフだ。サナダムシのわたしが言うんだから間違いないよ』


「……真田さなだ 左薙さなは?」


『うん?』


真田さなだ 左薙さなならアウトなの、セーフなの?」


『……』


「アウトなのね、そう……」


 そうよね、誰が見たって、みんな同じことを思うはず。1ミリでも出てしまえば、それは漏らしたのと変わらない。トイレを我慢できない赤ちゃんと同じだ。私の弱い、情けない腹筋が、この事態を引き起こした。


『この時代のトイレ事情を考えると、野外で処理するのは致し方ないと思うし、既にパンツを脱いでいる以上、あれを漏らしたことにするのはいささか厳しい意見と言わざるを得ないね。そもそもわたしの定義するお漏らしというのは——』


「優しいのね、いいわ、サナの口車に乗ってあげる。あれはセーフよ。繋がった状態で体を起こしてから処理したもの。あれはセーフ。ふふっ」


 まだわたしの尊厳は守られている。サナの体が繋ぎになってくれたおかげで、落ちなかった。彼女のおかげでわたしはまだ勇者候補でいられる。そういうことにしよう。


「ありがとうサナ。おかげで今回も生き延びることが出来たわ……サナ?」


 さっきから黙っているけどどうしたのかしら?


『名前……』


「何よ?」


『初めて名前を呼んでくれたから、その……』


 ああ、そういえばこいつとかあんたとか、そんなふうにしか呼んでいなかったわね。どうして今更、名前で呼んだのかしら。それにしても、サナ、サナか。


「サナっていい名前よね、呼びやすいわ。どうして今まで使わなかったのか不思議なくらいよ」


『……デレが尊いよ、そういうのはずるいと思うんだ。浄化されちゃうよ』


 相変わらず何言ってるのか意味分かんないわね。違う世界の言葉は私にはまだ難しいから、少し控えて欲しいのだけれど。言葉使いを急に変えろというのも難しい話だろうし、私が勉強した方が良いのかしら。


 何はともかく、これでウルフの駆除依頼は完了したし、さっさと宿に帰って今後の方針を考えないといけないわね。旅の準備もしなければいけないし、やる事ずくめだわ。


「さあ、帰るわよ。結構山深くまで来たから、死体はこのまま放置でいいわね。クマの素材は勿体無いけれど、重くて持ち運べないから諦めるしかないし」


 なんだか塩らしくなってしまったサナを連れて、私たちは山を下った。帰り道で何体かのウルフに遭遇し、追加で狩ることが出来たので報酬も期待できるだろう。




 ⬛︎





「おめでとうございます。今回の依頼達成により、冒険者ランクがG級からF級に昇級しました。手続きを致しますので少々お待ちください」


 ギルドの窓口で、依頼達成と同時に昇給の連絡を受けた。これで私もF級冒険者だ。まだまだひよっこだけれど、自分の努力が認められたようで喜ばしく思う。受付嬢の前だというのに、どうしても頬が綻んでしまう。


『良かったねエイナ。なんだか嬉しそうだよ』


 サナも私を労ってくれた。この場では声に出して返事をすることが出来ないので、おなかを手でさすって返礼とした。


「こちらが更新されたギルドカードになります。無くさないよう大切に保管してください」


 渡された無骨な鉄板には、必要最低限のことだけが刻印されている。


【冒険者ギルド エイナル F】


 G級の時は作ってさえ貰えなかった会員証だ。これで私も一端の冒険者として名乗ることが出来る。鉄板の端には取り付け用の穴が空いているので、後で紐を通して首からぶら下げよう。


 ギルドを出て、人目のつかないところに行ってから、サナに話しかける。


「サナの言う通り、試練の遺跡の近くにある街に向かうことにするわ。ひとまず馬車の予定を確認してからになるけどね。乗合馬車なら定期便が出ているでしょうし」


『エイナ、わたしから言い出した事だけれど、まだ不安ならもう少しこの街にいても良いんじゃない?無理しなくても良いんだよ?』


「本当にどうしちゃったの?今朝までとは違って妙に大人しいというか、優しいじゃない?」


『……エイナと一緒で、わたしもデレ期が来てるのかもしれない、多分』


 ……今までの話から想像するに、デレというのは、それまで当たりが強かったり、厳しかったりしたのが一転、柔らかい態度になることを表す状態のようだ。先ほどサナの名前を呼び始めた時も言っていたし、おそらく間違いないだろう。


 そう考えると、私のおなかの中のサナが、なんだか可愛らしく思えてきた。おなかに手を当ててみる。


「ねえ、私もっと厚着した方が良いかしら。サナは寒くない?」


 私は暑がりなので薄着でも平気だけれど、彼女もそうとは限らない。おなかの中の温度なんて想像できないけど、過ごしやすい環境にしてあげたいと思う。


『ふぁ!?えっと、エイナの中はすごくあったかくて、包み込まれる感じがして、これ以上ないくらいの良い環境だから気にしなくても良いよ』


「そう?それなら良いか。でも何か不都合があれば言ってね」


 その後また、おしゃべりだったサナの口数が減ってしまった。なんだか寂しく感じながらも、私は馬車の運行予定を確認するために門へ向かった。


 馬車の運行予定を見ると、どうやら次の便は3日後らしい。結構間が空いてしまうけれど、これはこれで都合がいい。路銀を稼ぐ必要もあるし、私自身の実力向上も兼ねて依頼をこなそう。馬車の予約だけ入れて宿へと戻った。






 ————————————

 ここで一区切りです。町を移動します。

 一章は全37話で、しばらくは2日に一回で更新するつもりですが、年末年始は頻度を増やすかもしれません。筆が進めば。

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