第10話 ウルフ討伐と失策

 酒場で栄養について寄生虫からありがたい蘊蓄うんちくを聞いた翌日。私はウルフの駆除依頼を受けたので、ウルフを探して森までの道を歩いていた。


『エイナは、最初の試練にはいつ挑むつもりなの?』


 寄生虫は今日も私に話しかけてくる。私も律儀に返答しているけれど、客観的に見ると私は延々と独り言を喋る頭のおかしい人かもしれない。町中では少し周りを気にした方がいいだろう。


「もう少し自信をつけたいから、冒険者ランクが上がってからにしたいわね。今は最下級のG級だからせめてE級になってからじゃないと怖くて挑戦できないわ」


『試練って8つあるんだっけ?受ける順番とかあるの?内容とかあらかじめ分かっているなら、対策もできると思うけど』


「試練には難易度が設定されているから、普通は1番簡単なものから受けるわね、私が最初に受けようと思っているのは、ここから2つ隣の街、その近くにある古代遺跡よ」


『遺跡で何をすれば良いの?』


「遺跡の最新部に設置されている徽章を持ち帰るだけよ。ただし遺跡の内部には魔物が出るわ。だから勇者として最低限の戦闘能力を試されていると言えるわね」


『じゃあその遺跡の近くで宿を取った方が、すぐに試練を受けることが出来て効率が良いんじゃない?こんな遠くの町にいるよりかさ』


 痛いところを突いてくるわね。あんまり言いたくないけれど、正直に言うしかないかな。


「他の勇者候補に会いたくないのよ。私が試練の場の近くで足踏みしている間に、後から来たやつに先を越されたら惨めで泣きそうになるわ」


 情けないとは自分でも思うけれど、これ以上惨めな思いはしたくない。


『なるほど、エイナは見栄っ張りなんだね』


「そうよ、なんか文句ある?」


『文句はないけれど、勇者の器じゃないとは思うかな』


「別に良いじゃない、勇者だって見栄を張りたい時はあるわよ」


『見栄を張ることは別に良いんだけど、結局エイナはさ、自分が先を越されるのは嫌だけれど、誰かの先を行って上からマウントを取りたいという欲求が丸出しなんだよね。見栄は張れるかもしれないけれど胸を張れることではないと思うよ』


 深々と言葉のナイフが突き立てられる。


 私は、自分が惨めになるのが嫌なだけのはずだ。誰かに勝ちたいと思っているわけじゃ……ない。


 でも、自分より下を探しているのは事実、かもしれない。


 私が答えを出せずに黙っている間、寄生虫は一言も話さずに私の返事を待っている。


「もうっ!分かったわよ!この依頼が終わったら試練の街に向かうわ!それで満足でしょ!」


『うんうん、試練は早い者勝ちだし、なりふり構わず挑戦した方がいいよ。エイナとわたしなら試練なんてちょちょいのちょいだよ』


 なんだかいいように乗せられているような気がする。こいつにとっては私には出来るだけ早く勇者になってもらう必要があるから、まごついている私が気に食わないのだろう。私は安全、安心に冒険者を続けられればいいので、そこで食い違いが生じてしまう。でも私はこいつに少し同情しているから協力してあげたい気持ちもやぶさかではないし、いざという時はおなかを人質に取られているから従わざるを得ない。寄生主なのに寄生虫に対して有利な立場を取れないなんてふざけている。


『ところで、ウルフはどうやって見つけるつもりなの?』


「適当に森を歩いていれば、あっちから襲いかかってくるでしょ。こっちにはあんたがいるんだし、戦いになったら勝てるわよ」


 いざとなれば、こいつの特技で隙を生み出せるから、そんなに難しいとは思わない。


『エイナ、そういう行き当たりばったりなのは良くないよ。作戦を練って、有利に立ち回らないと早死にするよ。わたしみたいにおなかに突っ込まれてもいいの?』


「じゃあ他にどういう方法があるっていうのよ」


『うーん、そうだね。とりあえず最低限、ウルフに出会うためになんでもいいから魔物を狩ってみて、焼いて匂いを散らしてみたらいいんじゃない?匂いに釣られてあっちからやってくれば、有利に運べるかどうかは別として、森の中で待ちぼうけは回避できそうな気がするよ』


「……その案を採用するわ、そしてあんたは作戦参謀に任命する。以後誠心誠意働くようにしてちょうだい」


 思ったよりもいい案だったので乗っておくことにしよう。私なんかよりよっぽど頭が回る。寄生虫のくせに。


『エイナってツンデレ気味だよね』


 聞き慣れない言葉を喋っているけれど、どうせこいつの前世の言葉だろうし聞き流しておこう。理解してもこいつとの間でしか通じないのだ。それに大した意味もないような気がする。




 ⬛︎




 道を外れて深くまで入ったところではぐれのゴブリンを1体見つけた。仕留めて早々に火葬する。例によってお尻から火を吹き出してしまったけれど、魔法も3回目ともなると私も少し慣れてきた。もちろんこの醜態にでは無い。急なお腹の痛みにだ。


『風下はどっちか分かる?』


 人差し指をぺろりと舐めて、風向きを確認する。山の下から上に流れているようだ。上を指差しながら答える。


「あっちかしら?」


『じゃあエイナはそっち側に警戒しつつ、一旦休憩かな。わたしは風上側を見てるから安心して』


 なるほど、他人から見たら1人でいるように見えるけれど、実際は死角を無くすように周囲を見張ることが出来るのか。便利なものだな。


 手頃な岩を見つけたので腰掛ける。それからしばらくの間、草木がざわめく音だけが響く、静かな時間が続いた。


『他意はないんだけど、この辺で1番強い魔物って何かな?』


 脈絡なく、寄生虫が声をかけてきた。


「そうね、ボブゴブリン、オーク、他にも色々出ると思うけど、1番強いのは魔物じゃなくて獣かしら。クマよ、クマ」


『魔物より動物の方が強いんだ?意外だね』


「強い、っていうより、単純に体格差の問題ね。この辺に出るクマは数は少ないけど、その分個体が大きいの。立ち上がれば4メートルくらいあるんじゃないかしら。その分体力があるし、私程度の力じゃ斬りつけても厚い毛で防がれると思うわ」


 実際にはクマの出現報告はなかなか無いし、滅多なことがなければ出会わないだろう。


『ふーん、あのさ、今気づいたんだけどさ』


「何よ」


『ゴブリンを燃やして匂いを飛ばしてるけどさ、ウルフ以外の魔物や、動物も寄ってくると思うんだ。それこそ鼻の良い動物とかね』


「……」


『あと、今更なんだけどさ、わたしの魔法も万能じゃないみたいなんだよね、何回か使って分かってきたことがあるんだ』


「……言ってみなさいよ」


『魔法を使うときにね、魔力を消費するんだけど、その際に余分な魔力がわたしの体から外に漏れ出てしまうみたいなんだ。これは魔法の威力や質に比例して増えていくみたい』


「まあ、理屈は分かるけど。それがどうしたって言うのよ」


『わたしが魔法を使うとき、エイナはおなかが痛くなるよね?』


 嫌な予感がする。


『あれは魔力が漏れ出た影響なんだ。つまり高威力高難度の魔法を撃てばエイナは……』


 ずんっ……ずんっ……。


 ガサガサ、ミシミシという草木をかき分ける音と合わせて、地鳴りじみた音が聞こえてきた。


『エイナは、耐えきれずに粗相してしまう』


 10メートルほど先の木の影から、巨大なクマがこちらを覗いていた。




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