第9話 栄養に煩い意識高い系の女
寄生虫のせいで食欲が減少した私は、鈍った足取りのまま酒場に入る。テーブルについて、何を食べようか考えていると、寄生虫が語りかけてきた。
『メニューはどこに書いてあるの?どんな食べ物があるのか知りたいな。わたしが人間に戻ったら食べることが出来るんだろうし』
そういえばこいつも元は人間だったんだっけ。食事内容に興味があるのかな。
「あれよ、黒い板に今日出せる料理の名前が書いてあるのよ」
バーカウンター側に立てかけてある板を指差して教えてあげる。寄生虫がわざわざ、ふむふむと声に出して反応を示す。
『思っていたよりも色々あるんだね。人間だった時はわたしも似たような料理を食べていたから、エイナがどう言う味を好むのか気になるね、どれを食べるかは決まっているの?』
「シーフードスパゲティかタイの塩焼きかな」
この町は海が近いからか魚介類が豊富だ。料理の種類も幅が広くて食事が楽しい。イカやエビが載ったスパゲティも気になるし、タイのホクホクの身も美味しそうだ。
『シーフードスパゲティか、あまりおすすめはしないね』
「あら、どうしてよ?この前食べている人を見たけれど、とても美味しそうにしていたけれど」
『この時代の文明レベルだと、魚介類の保存方法に疑問があるね。ここが港に近い町だと言っても、先入れ先出しが徹底されていない場合、物によっては2、3日は手をつけられずに常温管理されているんじゃないかな。イカは特に寄生虫が多いから、ちょっと炒めた程度じゃ死なない場合があると思うよ。胃に齧りつかれたら地獄の苦しみを味わうと言うし、わたしにも手が出せないから助けてあげられないね』
「……タイの塩焼きにしようかな」
『それもやめておいた方が賢明だよ。火力の調節はどうやっているのかな。満遍なく肉全体に火が通るようになっていれば良いけど、フライパンの端の方とか不安だよね。フライパンの素材が何で出来ているかも重要だと思う。熱伝導率が低い素材だと、十分に火が通らなくて半生になって、虫を殺しきれない可能性がある。あ、虫は100%いると思った方がいいよ、気づかないだけだから』
「……すっごく気分が悪いわ、なんで寄生虫に寄生虫を食べる心配をされなきゃいけないのかしら」
『言ってなかったけど、エイナのおなかの中にいるのがわたしだけだとは思わない方がいいよ。ここはまるでシェアハウスだよ。既に何人も先住民がいて、わたしは新参なんだ。これ以上住民が増えるのはわたしも困るんだよね』
慣れてきたからこいつの言い分に耐えられるけど、そうじゃなければ発狂しそうな住宅事情を聞かされてしまった。食事前に自分の腸内環境を聞かされても嬉しくない。
「じゃあこれは?」
『肉厚オークステーキか。肉の厚さによるね。厚ければ厚いほど寄生虫のリスクは増すよ。オークって豚の魔物っていう認識で合ってるかな?豚回虫、トキソプラズマ、有鉤条虫あたりが危険かな。有鉤条虫はわたしと同じサナダムシのことだよ。冷凍保存技術が整っていれば問題ないだろうけど、やっぱり文明レベルから言っておすすめは出来ないかな』
「……これ」
『ハンバーグはミンチになっているから、虫が入っていても大丈夫だと思った?寄生虫っていうのは1ミリ以下の、それこそ目に見えないくらい小さいやつだっているんだよ。あいつらにとってはエイナみたいな浅い素人考えのやつはいいカモだよ』
「じゃあなんだったら食べてもいいのよ!」
私が声を荒げたことで、周りの喧騒が一時的に静まり返る。不味い、寄生虫のせいでヒートアップしてしまった。周りに頭を下げて謝る。喧騒が戻ってから、落ち着いて小声で寄生虫に話しかける。
「……わたしが安心して食べられるのはどれ?」
『そうだねー、エイナは冒険者だし筋肉がつく食べ物がいいから、やっぱり肉類は必要だよね、それでいて火が通り易いのは……ベーコンのアスパラ巻きかな、後は主食としてチーズグラタン。チーズは消化吸収効率が良いんだよ。それに腸内環境を整えるためにちぎりレタスとわかめのサラダもオススメだね。わかめは水溶性食物繊維を摂取することが出来るから便秘気味のエイナにピッタリだよ』
「……なんか腑に落ちないけど、美味しそうだし言われた通りにするわ。良かったわ。茹でたレタスだけ食べろとか言われなくて」
『わたしのことを穿った目で見過ぎじゃないかな。これでもエイナのことを考えて提案しているつもりなんだけど』
一旦、虫の言い分は聞き流して料理を注文する。テーブルについてから、他にすることも無いし仕方がないので虫と会話を続けた。
「そもそもあんたの前世ってなんだったのよ。普通の女の子は便や寄生虫に詳しくないし、食べ物の栄養にだって口うるさくないでしょ?」
なんで私は食事を前にしてサナダムシと便の話をしているんだろう。
『口うるさいって思われていたんだね、傷つくな……わたしはエイナのことを思って』
「話を逸らさないで」
『ごめんごめん、わたしはただの15歳の女の子だよ。小学校、えーっと、11歳の頃に趣味で寄生虫を軽く調べたくらいでそこまでは詳しくないし、料理の栄養に関しても、まだ趣味レベルで、まともに勉強してはいなかったね。将来は栄養士をしながら薙刀を趣味でやろうかなって思ってた』
「エイヨウシ?ナギナタ?」
『栄養士っていうのは、食べ物の栄養を考えながら料理の献立を決めたりする職業だよ。特に子供は栄養が偏ると成長に悪影響があるから、大人が栄養を把握してご飯を食べさせてあげないといけないんだ』
「あんたって貴族お抱えの料理人の家系なの?」
『わたしの生きていた国では、大体の庶民が、エイナの考えてるような貴族みたいな生活をしていたんだよ。この国もあと千年くらい経てば同じようになるんじゃないかな』
「ふーん、15歳にしては頭の良さそうな話し方をするから不思議に思っていたのよね。ナギナタっていうのは?」
『槍はこの世界にもあるよね?あれの穂先を片刃にした武器が薙刀で、薙刀を使って対人戦をするのが趣味だったの。言っても魔物のいない世界だし、人同士の争いも基本的には無いから、穂先は竹製で組み手みたいなものだけどね』
「人間の姿のあんたを知らないから、いまいち想像がつかないわね。虫の姿も見たことないけど」
『これでもそこそこ強かったから、死んじゃったのは残念だったな。それでそこそこ強かったわたしの目から見ても、エイナは武術の才能があるように見えるよ。だから強くなって早く勇者になろうね』
「そしてあんたを人間に戻す、っと」
ある日唐突に死んでしまい、拒否できない命令をされて、他人のおなかに送り込まれる。しかも虫の姿で。
こいつはなんでもないことのように言うけれど、他人からしたらその境遇の不幸さは計り知れない。表情も見えないし、声色にも感情が乗っていないからか、心境がいまいち読めないけれど、良い気分でないことは確かだろう。
勇者候補に選ばれた私なんかよりよっぽど不幸な身の上だ。勇者になんてなるつもりはなかったけれど、同情するし、少しは協力してあげても良いかな。
『あ、料理が来たね、どれも美味しそうだね。エイナ、落ち着いてしっかり噛んでから食べるんだよ。噛むことは健康な肉体を手に入れるための最初の一歩なんだ。喉越しを味わうのは麺類だけで十分だからね』
「まるで母親みたいね、いただきます」
その後も寄生虫は、食べている私の中からいちいち
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