第8話 白のブリーフは前も後ろもシミが出来る
『……きて』
声が聞こえる。
(母さんかな、もしかしたらアーニャかも)
『……起きて……だよ』
(うーん、もう少し寝かせてよ。昨日は遅くまで編み物をしていたから、まだ少し眠たいんだ。それにベッドの中なのに、なんだか肌寒いし、特にお尻が)
(あれ?そういえばなんで私、家で眠っているんだっけ。確か私は勇者候補になって、家から出て、冒険者になって、それで……)
『起きてエイナ、お尻丸出しだよ』
——飛び起きて下着を履く。そうだ、私はゴブリンと戦って、お尻から炎を出して焼いて、それから……。
「あ、終わった。拭く前に履いちゃった……」
自分の中から出てきたとは思えないほどの量の茶色いアレが、目の前で山になっていた。私のお尻から出てきたそれは、十分な水気を帯びていて、さっきまで炎が燃え盛っていた場所で静かに佇んでいる。まさに動かざること山の如しだ。
それを出したのは私で、私はお尻を拭く前に下着を履いてしまった。
——もうおしまいだ。今から脱いでも後の祭り。ぬちゃぬちゃしてお尻は荒れ、惨めな思いをしながら下着を洗うんだ。洗っても結局汚れは取りきれなくて、薄黄色いシミがついた下着を履くことになる。悪ガキにスカートを捲られて、衆人の中でそれが露わになって、悪ガキが大声で叫ぶんだ、『美人なのにうんこついてる!きったねぇー!』周りの人たちが私を一斉に見て、一歩下がる。『あの子、勇者候補の子だよな?』『勇者候補なのに漏らしてるのか?』『お母さん、ゆうしゃさま、うんちついてるね』『脱糞の勇者か』『西の光剣の勇者、南の柔拳の勇者に続いて、脱糞の勇者か……これで1人脱落かな』私は逃げるように故郷へと帰った。優しく迎えてくれたお母さんが言う。『お腹すいたでしょう。今日は夕飯は何にしようかしら。いっぱい食べて欲しいわ』それを聞いてアーニャが無邪気に言う『お母さん、私今日はカレーが食べたい!お姉ちゃんもカレー好きだったよね!』うわあああああ!!
『やっと起きたね、一体どうしちゃったのさ?』
呑気な声色で、寄生虫が話しかけてくる。こんなひどい状況を生み出した原因のくせに、どうしてそんなふうに私に声をかけられるのだろうか。人の心がないのだろうか。
「よくも……よくもそんなことが言えるわね!!あんたのせいで、こんな、こんなに出しちゃったし!?拭く前に履いちゃったし!!どうしてくれるのよ!?」
ただでさえお嫁にいけない体にされてしまったのに、さらにこんな醜態を晒してしまって、もう恥ずかしすぎて故郷に帰ることだってできない。
『なんか勘違いしてない?この土の山は魔法だし、お尻だって汚れていないよ?』
「え?」
言われて、あらためてじっくりと山を見る。土だ!これは土!少し湿っているけど紛れもない土!あの匂いもしない!これはつーち!
『そもそもこんな量がエイナの中にあるわけないじゃない。いくらうんちが硬くて便秘気味だと言っても、宿便の量にも限度があるよ。宿便全部出して5キロ痩せました!なんて都市伝説です。黙ってエクササイズしろって話だよね。自分の運動不足をうんちのせいにするな、ってね』
「よがっだ!よがったよ!私、まだ故郷に帰っても良いんだ!」
『大袈裟すぎない?なんで故郷の話になったの?うんちの話をしているんだよわたしは。そもそも……』
⬛︎
「依頼の完了報告に来たわ。討伐証明はこれよ、確認お願い」
「承りました。少々お待ちください……問題ありませんね。はい、こちら報酬になります」
ゴブリン討伐の報酬を受け取って、心の中でガッツポーズをする。初めての魔物討伐。初めて自分の力で纏まったお金を手に入れた。宿屋なら2週間は泊まることが出来る。私にとっては大金だ。大事に袋に入れて、懐にしまう。
ギルドを出て、この後は夕食を摂る予定だ。酒場へ向けて足を運ぶ。心なしか昨日よりも足取りが軽い。お金も入ったし、今日はいつもより豪勢な食事にしたい。
『なんだか嬉しそうだね、我慢している時もそそるけど、エイナはやっぱり笑っている方が可愛いよ』
褒めてくれているのか。よく分からないことを寄生虫が言う。なんというか、言葉に含みがあって素直に喜べない。
『今日はもう夕暮れだけれど、この後はどうするのかな?』
「宿の1階が酒場になっているから、そこでご飯を食べて、後は寝るだけよ」
『なるほど、ご飯を食べるのが楽しみなんだね、だからそんなに嬉しそうなんだ』
「そうね、初めて魔物を倒せたし、纏まったお金も入ったからいつもよりお金を出して美味しいものを食べようかなって」
『それは妙案だと思う。エイナが栄養をいっぱい摂ってくれれば、そのおこぼれが私の栄養になるからね。いっぱい食べて、私を育てて欲しいな』
……なんだろう。なんとなくご飯を食べる気が失せてきた。一生懸命働いても、税を搾取されて生活が楽にならない農民ってこんな気持ちなんだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます