第7話 ゴブリンの直火山かけ丼

 ゴブリンとの戦闘終了後、たかぶりきった精神が少しだけ落ち着いたので、改めて辺りに倒れているゴブリンの死体を見回した。倒したゴブリンの数は12。これから私は死体の処理をしなければならない。魔物を倒したからと言って、イコール依頼完了というわけではない。心臓の位置に埋まっている魔石は回収して売ればお金になるし、討伐証明も持ち帰らなければいけない。


 私はナイフを取り出して、ゴブリンの胸に刃を立て、魔石を抜き取り出す。そして右耳を削ぎ落とし、それを布で包む。


『何してるの?』


「魔物を倒したから体の中にある魔石を抜く必要があるの。それなりの値で売れるから、出来るだけ回収した方が良いのよ。耳は依頼を達成した証明用に集めなきゃいけないわ。気持ち悪いけどね」


 魔石はすり潰して粉にすれば、様々な魔道具を動かす燃料になるためギルドで買い取ってくれる。大した金額にはならないらしいが、私のような木端の冒険者にとっては大事な収入源だ。


 残りの11体も同様に回収しながら、先ほどの戦闘で寄生虫がゴブリンたちに対して何をして、何が起きたのか、寄生虫に訊いて確認する。


「結局あんたはさっき何をしていたの?ゴブリンたちがわめいていたし、混乱しているように見えたけれど。魔法は使っていないんでしょう?」


 魔法は私のお尻からしか出ないはずだし、あれは魔法ではないとこいつも言っていた。魔法じゃないのであればあれは一体何だったのだろう。


『ゴブリンの言葉で話しかけていただけだよ。急に頭の中で声がしたものだから、ゴブリンたちも驚いただろうね。無理もないよ』


「えっ、あんたゴブリンの言葉も喋れるの?」


『言ったでしょ?わたしが神様から与えられたのは、言語を理解する力。人間に限らず、その辺の虫や鳥にだって話しかけることが出来るよ。相手がこっちに話しかけられるかは別だけどね、口がない生き物だっているし』


 なんて便利な力なんだろう。本来は私と意思疎通するためだけの能力だろうに。人間のみならず、他の生物にも有効なら色々と使い道がありそうだ。


『思念による意志伝達能力を使って頭の中に直接話しかけると、耳を塞いでも聞こえちゃうから、気になって戦闘に集中出来なかったんだろうね。言葉を選んだらかなり有効だったよ』


「言葉を選んだ?一体ゴブリンに何を話していたのよ?」


『エイナの今日のうんちについて』


「はぁっ!?」


『——お前たち、この女は食べても美味しくないぞ。この女は体調が良くない。それは便の硬さからも推し量ることが出来る。度重なるストレスにより、今やその硬さは消しゴム並みに凝縮されている。肛門を通るためにはウォッシュレットによる2回の浣腸が必要になるし、通る際には相応の犠牲が出る。切れ痔という犠牲が。1度裂けた肛門は、痛みなくして通ることは不可能だ。痛みは避けられない。なんちゃって。とにかく排便の都度、お尻が裂け、便器を赤くするような女を、お前たちは食べるのか?食べても美味しくないぞ?なぜならわたしは食べているが、味の薄いサラミをガリガリと下ろして食べるようなものだ。顎が疲れるし、効率が悪い。悪いことは言わないから他を当たれ——こんな感じ』


「あんたっ!なんてことをゴブリンに話してるのよっ!いくらゴブリン相手とはいえ……その、私のあれの……」


『うんち?』


「言わないでよっ!」


『誰も逃げなかったし大丈夫だよ。生き残りがいたらエイナのうんちの秘密がゴブリンネットワークで共有されるかもしれないけど、全部倒したし問題ないよ』


「問題大有りよっ!次からは別のやり方で隙を作って!少なくとも話しかける話題は別にすること、良いわね!」


『はいはい、分かったよ。文句ばっかりだねエイナは』


 こいつのおかげで、初めて魔物を倒すことが出来た、自信になった。ありがたく思う。


 でもやっぱり私はこいつのことが苦手だ。私のおなかの中にいるからだろう。口を開けば私の便の話をする。そんなやつとどうして仲良くなれるだろうか。決して私が恩知らずで薄情者なわけではないはずだ。


 言いたいことはたくさんあるけれど、今はグッと堪える。ここで文句を重ねて仕舞えば、私は本当に恩知らずになってしまう。黙々とゴブリンを処理して、引きずって1箇所に集めていく。


『耳を取ったら終わりじゃないの?』


「魔物を倒したら死体を処理しないと、別の魔物が寄ってくるのよ」


 魔石を残しておけばアンデッドになるし、魔石を抜いても死体には他の魔物が引き寄せられる。山の中の奥深くなら放置しても構わないけれど、道に近いところでそうなってしまうと危険だ。だから、比較的街道に近い今回は処理するつもりだったけれど……。


『どうしたの?』


「魔物を埋めるか焼くかして処分したいんだけど、埋める道具も焼くための油もないからどうしようかと思ってね。焼く場合は山火事に注意しなきゃいけないし、困ったわ」


『そんなときこそ、魔法使いサナちゃんの出番だよ!手伝ってあげる!』


「どうするつもりよ?」


 何か策があるのだろうか。


『要は燃やした後に土で埋めちゃえば良いんでしょ?なら魔法を使えば良いんだよ。さあ、スカートをまくってお尻を突き出して。あ、パンツもちゃんと下ろしてね』


 ……なんか嫌な予感がする。嫌な予感がするけれど、他に方法もないし従おう。どうせこの後も続く関係なんだ。諦めるのは早い方が良いだろう。


 ゴブリンの死体の山にお尻を向けて、言われた通りに下着をずり下ろす。立ったままだと前に倒れそうになるので、しゃがみ込んで体勢を整える。私のお尻からゴブリンの顔まで30センチの距離まで、後ろ向きににじり寄る。死んだばかりのゴブリンの胸から湯気が立ち上り、私の双丘を生暖かい空気が撫でる。スカートを捲った。


「……準備できたわよ。さっさと出しなさいよ」


『良いね、素直なのは可愛くて。じゃあ行くよ、ファイアサークル!』


「んっ!?」


 キュルルルとおなかが鳴って、肛門を何かが抜けていく。遅れて私の後ろ側から熱が伝わってくる。後ろを振り向くと真っ赤な炎がお尻から吹き出して、ゴブリンの死体の山を包み込んだ。轟々と炎が燃え上がり、じゅうじゅうと肉の焼ける匂いがする。前回もそうだったけれど、私の体感では3割くらいの確率で漏れ出てしまっている。本当に大丈夫?出ちゃってないわよね?焚き火に当たっているかのようにお尻が熱い。


『ムダ毛処理も兼ねた素晴らしい魔法だね。Oラインが綺麗になっていくのが中からも見えているよ。この魔法は定期的に使った方が良いね』


「ぅあ、んんっ!」


 腹痛と熱さに耐えるのが精一杯で、寄生虫が何やら言っているが聞き取ることが出来ない。


 しばらくの間その熱さに耐えていると、次第に吹き出す量が減っていきやがて止まった。


「んん、っはぁ、はぁ、終わり?もう立ち上がっても良いの?」


『まだだよ、これから最後の仕上げだから我慢して、サンドウェイブ(水有り)!!』


 グギュルルル!ドドドドドド!!


「んあっ!?」


 先ほどよりも強力な便意が私を襲う。耐えきれずに両手を地につく。感覚的には、出てしまった。もうどうしようもないくらい出てしまった。止められない、無理だ、無駄だ。心構えが出来ていなかった。背後から、水気を帯びた何かが地に叩きつけられる音が聞こえる。


 やがて勢いが収まり音が止んだ、恐る恐る、ゆっくり後ろを振り向くとそこには——。


 ゴブリンの死体なんて全く影も形もないくらいの大きながこんもりと積み上がっていた。


 目の前が真っ暗になって、私の意識が途絶えた。



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