第6話 必殺ASMR

 目の前には全部で12体のゴブリン。対してこちらは勇者候補もどきの小娘1人と寄生虫1匹。状況は完全に不利だ。


 最初に奇襲で1体ずつ、3体くらいは数を減らすつもりだったのに、寄生虫との会話に気を取られて気づかれてしまった。何という失態だ。


「あんたのせいで気づかれちゃったじゃない!どうしてくれるのよ!?」


『誰のせいかはともかく、確かにこれは少し不味いね。仕方ない、一肌脱いであげるよ。あ、脱皮っていう意味じゃないよ?わたしが隙を作るからその間に数を減らしてね』


 寄生虫が不穏なことを喋り出す。もしかしてまたアレをやるつもりなのだろうか。


「あんた魔法を使う気じゃないでしょうね!待ちなさいよっ!まだ心も体も準備出来ていないわよ!?」


 いきなりおなかが緩くなるのは心臓に悪いし、耐えても耐えられなくても下着がダメになってしまう。あれは最後の手段だ。出来ればやりたくない。


『分かっているよ、別の方法を使うから合図したらどんどん倒していってね』


 別の方法とは何だ、魔法以外にこいつに何が出来るというのだろう。


『じゃあ、隙を作るよ。dyっfkhぃhl7kyv』


 話している途中から、寄生虫の声が聞き取れなくなる。何かを話しているようだが、上手く聞き取れない。


(一体何をやっているのよ?)


『xfgxkygybぉくhfぐh、今だよ、ゴブリンが動揺している間に倒して!ええうgぃんゔぃうお』


 見渡すとゴブリンたちが辺りを見回して、周囲を気にしている。何だ、何が起こっている?


『早く!dりうぃhpjっp』


 何だかよく分からないが、今なら隙だらけだ。行け!私は5メートル先のゴブリンに走り寄って、細剣で首元を掻っ切る。ゴブリンの首から血が吹き出して崩れ落ちる。心臓がバクバクと音を立てているのが分かる。良かった、これでまずは1体仕留めた。次だ。


 別のゴブリンが飛びかかってきた。首筋の辺りにヒヤリとした何かが走る。私はゴブリンを右に避けながら首筋を斬りつける。これで2体目。


 2体目を倒したところで、気づけば周りを4体のゴブリンに囲まれていることに気づいた。不味いと思った途端、また謎の声が聞こえてきた。


『あひkytfvgyれdこいmんxvgtれわfふいjんgfgっjきhn』


 どうやらおなかの中のこいつが何やらやっているおかげでゴブリンの注意が散漫になっているようだ。声を聞いたゴブリンたちの動きが鈍る。今が好機!今しか無い!行け!


 周囲を囲むゴブリンを1体ずつ斬りつけていく。2体、3体としかばねが積み上がっていく。周囲の草木に返り血が飛び散りぱたたと音が鳴る。


 私を囲んでいた4体を倒しきった。窮地を脱した事実が信じられないが、そんなことを考えている暇は無い。残りは何匹なのか計算しようとしても、そんなことより今のうちに数を減らさなければという思いが強くて焦りを抑えられない。私は考えることを放棄して目につくゴブリンに斬りかかる。


 心臓の鼓動がうるさいくらいに大きく聞こえる。細剣を握る右手にいつのまにか汗が溜まっている。私は剣を手放さないように必死に右手に力を入れて握りしめ、ひたすらに目についたゴブリン目掛けて剣で斬りつける。


 しばらく同じことを繰り返して、ゴブリンの数を削っていく。多分これで最後の2体だ。寄生虫はもう声を出していない。寄生虫の手助けがなくてもこの程度であれば倒すことが出来る。左側のゴブリンに走り寄って、斬りつける。浅いが、手傷を負わせることができた。右側のゴブリンが私の攻撃の隙をついて飛びかかってきた。掴み掛かろうとする腕を紙一重で避け、後ろからゴブリンの背を細剣で一突きする。そして手傷を負って動きが鈍った残りのゴブリンに、とどめの一撃を首目掛けて振るう。ゴブリンの首に一筋の赤い線が浮き上がるように現れ、血が吹き出し泡立つ。力無くゴブリンが倒れた。


 全てのゴブリンを倒しきった。私の勝利だ!


「うおっしゃああ!見たかぁぁ!これが私の力よっ!!」


『勝利の雄叫びだね、おめでとう、思っていたより強いじゃんエイナ』


 身体中が何だか熱くなっているの感じる。冒険者になって初めてのまともな戦闘、まともな勝利だ。村でウサギを狩ったのとはまるで違う興奮が、私の体を満たして、溢れ出していた。


 ——どうして勇者候補になってしまったのか、勇者どころか冒険者にだってなれるわけが、やっていけるわけがない。でもやるしかない。イヤイヤながらも、支給された装備に袖を通して、剣を取った。いざ魔物を見つけたら、怖くなって、手を出さずに町へと逃げ帰った。


 こいつには強がりで倒せると言ってしまったけれど、私はこれまでゴブリンの1体すら倒したことはなかった。今回だってこいつの手助けがなければ、最初の1体すら倒せずに逃げ出すか、ゴブリンに群がられてなす術もなく死んでいただろう。


 結局私はこいつがいなければ、1人じゃ何もできない弱虫でしかない。寄生虫のこいつにすら劣る、泣いて逃げるばかりの弱虫。


 でも勝てた。こいつがいたから、背を押してくれたから、あんなに怖かったゴブリンに立ち向かうことが出来て、あまつさえ10体以上の群れを討伐することが出来た。それに……褒めてくれた。


 勇気を出して踏み込んだ私を、おめでとうと労ってくれた。こんなに弱虫な私を強いと言ってくれた。


「……ありがとう、というべきなんでしょうね。あんたのおかげで勝てたわ……」


『わたしがいなくてもエイナ1人で勝てたと思うよ。だって神様が言っていたんだ。剣技が優れているって。エイナには才能があって、神様に選ばれたんだよ。自信を持って欲しいな』


 本当にこいつは、私が欲しい言葉を的確に与えてくれる。実は心が読めるんじゃ無いだろうか。


 1人じゃないのがこんなに心強くて、嬉しいものだということを初めて実感した。




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