第3話 元村娘、現寄生虫使いの事情聴取

 町へ向けて、草木の茂る森を進む。お尻がスースーする。


『歩きながらでいいからさ、次はエイナの話を聞かせてよ。エイナはなんで戦っていたの?その辺はわたしも説明されていないんだよね』


 おしゃべりな寄生虫は、神の使徒を名乗るくせに寄生主の私について詳しくないようだ。とても不本意だけれどこの先長い付き合いになるんだろうし、事情は話しておいた方が良いだろう。お尻がスースーする。


「ただの村娘だった私が、ある日突然勇者候補に任命されてしまったの。仕方がないから戦いに慣れるために冒険者になって、手始めに薬草採取の依頼を受けて、採取した帰りに運悪くアンデッドの群れに出くわしてしまった。そんなところよ」


『纏っていてとても分かりやすい説明だね。わたしでも難なく理解できるよ』


 言葉の上では褒められているはずなのに、なんか馬鹿にされているように聞こえる。やっぱりこいつは嫌いだ。


 さらっと言われたけど、こいつ15歳ってことは私と同年齢なのか。サナダムシになってしまったから、今や人間だった頃の年齢を当て嵌められるかどうかも分からないけど。15歳の若さで死んでしまったのは可哀想だと思う。


『勇者候補っていうのは具体的に何をしなければいけないの?エイナの他にもいるの?』


「勇者候補は50年に1度、神によって神託が下されて国の中から8人が選ばれるの。勇者候補は各地の《勇者の試練》を乗り越えて徽章きしょうを集める。全部で8つ。全ての徽章を集めた者は、勇者の聖剣が祀られている聖域に立ち入ることが許される。そこで最後の試練を乗り越えれば、聖剣を得ることが出来て、晴れて勇者と名乗れるようになるわ」


『勇者になってそれで終わり?魔王とかいないの?』


「勇者は魔王が現れた時のために、事前に育てておく保険のようなものなの。魔王はこの500年間現れていないわ。初代の勇者が初代の魔王を倒してから、今のような仕組みが作られたの。いつか現れるかもしれない二代目の魔王に備えるためにね」


 500年経っても、二代目の魔王なんて現れていない。こんな儀式は意味がないと私は思う。多分みんなそうだろう。国主導のお祭りのようなものだから、なんとなくノリで盛り上がっているだけだ。


 でも偉い人たちの思惑は違うと思う。彼らは怖いんだろう。儀式をやめて、それでもし魔王が復活してしまったら、誰が責任を取るのか。勇者がいれば、勇者に責任を取らせれば良い。多分そういう思惑があるのだろう。


 私の考えも含めて、寄生虫に話をした。寄生虫は声しか聞こえず、表情や仕草が見えないので、何を考えているのかを読み取るのが普通の人間と比較して難しい。でも会話の節々で悩むような声を出したりするので、なんとなくこいつの人間性というか、寄生虫性が掴めてきた。話し方も穏やかな感じがするし、いきなりおなかを弄られるようなことにはならなそうだ。


『でもだったらなんで、神様はわざわざわたしにエイナを助けるように命令したのかな?他に7人も勇者候補はいるのにさ。もしかしたら本当に魔王が復活するのかもしれないよ?』


「それだと、私が神様お墨付きの勇者ってことになっちゃうじゃない。そんなのごめんだわ。私は勇者になんてなりたくないのに」


『何かしら意味はあると思うよ。だから心構えはしておいた方が良いと思う』


 やめて欲しい。私はこのまま無難に試練をこなしつつ、途中で適当に諦めるつもりなんだ。そして名を変えて冒険者を続け、お金を貯めたら何年後かにこっそり故郷に帰る。だからこいつの言うことに一理あっても納得できるはずがない。現実を突きつけないで欲しい。


「私が話したんだから次は貴方の番よ。私に話しかけてくる、この声はなんなの?頭の中に直接入ってくるような感じがして気味が悪いわ」


『神様にいくつか能力を与えられたんだよ。言語を理解する力、魔法を使う才能、思念による意志伝達能力、透視能力などなど。だから人の言葉を理解できるし、エイナにも、エイナ以外の人にも話しかけることが出来る。おなかの中からでも外が見えるし、魔法も使える。出す場所はお尻からしか出せないけれど』


 本当に無駄の多い能力だ。特に魔法。限定的すぎるし、使うたびに下着が破れるような重大な欠点を抱えている。それに毎回敵に向けてお尻を突き出す恥ずかしいポーズを要求される。ふざけているとしか思えない。本当に私を手助けするつもりがあるのだろうか。


「私以外に勝手に話しかけないでね。ややこしくて説明するのが面倒だから。あとおなかを弄らないで、本当に辛いんだからね」


 唐突にやってくる便意に怯え、やってきた便意に耐えなければと思うと、常にお尻に気を払わなければいけなくて心が休まらない。


『言ったでしょ、わたしはエイナの敵じゃなくて味方だから、エイナが困るようなことはしないよ。おなかはよっぽどのことがなければ弄らないよ。でも魔法を使う時は若干緩くなるかも。粗相はしないようにしてあげるけどね。でもエイナの方でも我慢してね。強力な魔法を使う時は、わたしだけじゃ抑えられないかもしれないから』


「……それなら、取り敢えずは良いけど……」


 自分の体の自由を他人に握られているのはやっぱり嫌だ。味方だとは言うけれど、こいつの気分1つで私が社会的に死ぬのは変わりがない。なんとかして追い出してやりたい。


『あ、もしかしてあれが町かな。門みたいなのが見えてきたよ』


 言われて前方に注意を払うと、馬車1台分だけ通れる幅の、大して高くない門が見えてきた。門の右側には兵士がいて立番をしている。


「ナイベリニアの町よ、しばらくはここで経験を積むつもり。ギルドに依頼品の納品に行くけれど、その前に貴方のせいでダメになった下着を替えなきゃいけないから宿に行くわ」


『これからもちょくちょく魔法は使うだろうし、穴が空いていた方が都合が良いんじゃない?あ、怒った?ごめんごめん。次からはパンツ下ろしてね、そのあと魔法を使うから』


 本当に頭にくる。なぜ私が穴の空いた下着を履かなければならないのか。その上、魔法を使うたびに半脱ぎでお尻を出せと?ふざけるな!


 魔法なんていらない!剣だけで魔物を倒して、試練に打ち勝ち、勇者になってやる!そうすればこいつとおさらばできる。2度と魔法なんか使わせない!



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