1章 試練の遺跡

ウン命の出会い

第1話 序盤で物理無効とかクソゲー

 油断していた。薬草を採取して納品するだけの簡単な依頼のはずだったのに。どうしてこうなる前に対処しなかったのだろう。


「うりゃっ!」


 空中に浮かぶ、黒い影の見た目をしたアンデッドに斬りかかる。斬撃は影を一瞬斬り裂くが、霧散した影はすぐに繋がって元通りになってしまう。先ほどから同じことの繰り返しだ。


 魔物が反撃してくる。金切声を上げると同時に衝撃が私の体を突き抜ける。強烈な寒気が全身を駆け巡って、私は耐えきれず膝をつく。


「くっ……」


 依頼中に森の中でアンデッドに遭遇し、攻撃が効かないことに困惑しているうちに、気がつけば周囲を囲まれていた。


 周囲には同種の魔物が合計で8体、隙間なく私を取り囲んでいる。強引に突破するにも、先ほどの攻撃で動きを制限され出鼻を挫かれてしまう。そして私の攻撃手段は細剣で斬るか突くかしかない。


 絶望的な状況で、この戦いの結末を想像してしまう。


 ——私、死んじゃうんだ。


 せめて魔法が使えれば突破口を作ることも出来ただろう。だけど私には魔法は使えない。他に手立ても思いつかない。


 ——なんで私だったんだろう。


 教会から布告される神託。50年に一度の勇者選定の儀。8人の勇者候補の1人に私は選ばれた。選ばれてしまった。


 ただの村娘の私が勇者になんてなれるはずが無い。周りもそう思っていただろうし、私が1番そう感じていた。しかし拒否権はなかった。村娘が、領主に、王に、ましてや神に逆らえるはずもなく、仕方なしに己の不運を受け入れた。母と妹に別れを告げた。


 勇者に必要な最低限の武力を得るため、冒険者登録をし、弱い魔物を倒しながら少しずつ強くなっていこうと、前向きに考えていた矢先に、この有様。


 ——母さん、アーニャ、ごめんね。私はどうやらここまでみたい。


 私が勇者候補になったことで、国から年金が支給されるようになったのが唯一の救いだ。家族の生活が楽になるのであれば、私の死にも意味はあるだろう。


 母と妹の顔を思い出しながら、周囲の魔物の挙動に怯える。周囲の全ての魔物が攻撃準備に入った。覚悟を決めて、顔を伏せる。


 その時だった。


 ——おなかが、光ってる?


 体の中心から眩いほどの光がす。内部から発せられた光は、服を透過して周囲を明るく照らす。光を嫌がるように魔物たちが怯み、私から距離を取る。


『立ち上がって、お尻を突き出して!』


 唐突に声が聞こえた。周りを見渡して声の主を探すけれど、魔物がいるばかりで辺りにそれらしき人物は見当たらない。


「え、え、何!?なんなの!?」


『いいから早く!お尻を突き出して!言われた通りにして!』


 謎の声はなおも私に指示を出す。何が何やら分からぬままに、私は立ち上がってお尻を突き出す。なんて間抜けな体勢なんだろう。女の子がしてはいけない姿勢だ。恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じる。


『いい子だね、そのまま。勢いがあるから、しっかり踏ん張ってね。いくよ!ホーリーウィンド!』


 キュルキュルキュ!


「んっ!?」


 おなかが少し苦しくなったと同時に、お尻から何かが噴き出てしまったのを理解した。分かってしまった。


 やらかしたのだ。


 恥ずかしさで赤くなった顔が一転、急激に青ざめるのが分かった。こんなところで、下着をつけたまま、敵に囲まれながら、勇者候補の女の子が!


 恐る恐る後ろを振り向くと私のお尻から淡い光が迸り、魔物に向けて放たれているのが見えた。スカートはバサバサと風で煽られている。淡い光は勢いよく魔物に命中し、光を受けた魔物が叫び声を上げながら砂のようになって消滅していく。目まぐるしく変わる状況に頭が追いつかない。


『そのまま時計回りに1回転して!薙ぎ払うよ!』


「うわぁぁぁ!!!」


 無我夢中で体を回す。吹き出す勢いで前に倒れてしまいそうだ。両腕を前方で曲げ、踏ん張って耐える。


 ぐるぐると1回転、おまけにもう1回転したところで、光の放出が止まった。私の周囲にいた魔物はその全てが消滅し、地面には小さな魔石がいくつも転がっていた。


 生き残った。訳がわからないし、最悪の醜態を晒したけれど、死なずに済んだ。


 あれ、なんだかお尻の辺りが寒いな。


 下着の真ん中には大きな穴が空いていた。




 ——————————————

 ※エイナルの細剣は刃渡り70センチ根元の剣幅2センチ、両刃です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る