第9話 最終
近所の子どもの笑い声で目を醒ました。
時刻は10:00、いつもより遅い目覚めだ。
両親はすでに出勤しているだろう。
一階のリビングに降りると、テーブルの上にラップのかけられた焼きそばがあった。ヤカンに火をかけ、水を沸騰させる。カップには蜂蜜とレモン汁を適量。それを沸騰した水で割る。昔からの習慣だ。いつもの時間ではないが、そういった慣例は大事にしたい。
それから、洗面所にいき、顔を洗う。
3、4回水を浴び、ようやく昨日の自分から今日の僕に更新される。
本来、あればこの時間は先輩と屋台を回っているはずだったのだ。鏡に映る男をみる。意識ははっきりしているはずなのに、どうも眠たげだ。輪郭を撫でる。皮膚の下の骨を意味も無く押したり、つまんでみたりする。
――先輩はこの男のどこが好きだったのだろう?
自分と自分に関係する人々の心を想像するといつも不思議な気持ちになる。僕は石田先輩のどこが好きで、また好きであるのになぜ告白を断ったのか。逆に石田先輩はこの男の何処が好きで、告白に至ったのか。こいつは先輩に好意を抱いてもらえるほどの人物か?ましてや彼女からの告白を断れる権利はあるのか?こんなこと考えたって、意味はない。現に僕は彼女からの光栄なお誘いを拒絶したのだ。戻りたくても戻れない。
あの日、告白をするつもりだった。
2度目の告白になるはずだった。だけれども、告白されたのは僕で、断ったのも僕だった。もちろん、1度目の復讐なんてゲスなことではないし、失望したわけでも嫌いになったわけでもない。なんなら、僕は彼女のことが好きだったし、告白するつもりだった。正直、今だって好きだ。だけれども――現実に僕は彼女の告白を断った。
僕の中の複雑な数式により、自分自身でも推し量ることのできない結論にいたったのだ。あるいは、誰かが数字や記号を書き換えて異なる答えになるように調整したのかもしれない。僕の不明瞭なこころの分野に手を加え、別解を割り出したのかもしれない。それは妄想患者の治療のように、一つづつ順当に要素を代入し物語りの世界から現実へと引き戻したのだ。
物語もいいが、現実にも目を向けてやれ......か。
椎名は......。
彼女に会いたくなったが、軽薄だと思い辞めた。
辞めて、朝食兼昼食の焼きそばを食べる。特に感想はない。
焼きそばを食べ終え、皿を片付けとき、キッチンに一枚のメモ帳の切れ端を見つけた。母さんからだ。"牛乳を買って消えください。お代はあとで渡します"。
〇
「......なにやってんだ」
スーパーで牛乳を買い、道を一つづれ、お祭り会場にきてしまった。
スピーカーから地域のオリジナル音頭が流れている。街頭と街頭を紐が結び、そこに提灯が吊されている。夜になれば明かりが灯るのだろう。目の前には子ども達が御輿を担いでいる。確か、花火大会の裏で奉奏があり、神社から御神体が運ばれるのだっけ。その御神体を入れた御輿で町内を回るのだとか。
僕は境界ブロックに腰掛け、その様子を眺める。
ハッピを着た子ども達が笛の音に合わせて、御輿を揺らす。太鼓の音もする。後続に太鼓を乗せた御輿が大人に担がれてきたのだ。野太いかけ声に負けじと、高い声がしがみつくように合わせる。気温は30℃を越えている。牛乳が腐ってしまう。そろそろ帰ろう。
「何やってんですか?」
誰かが横に座り、僕に尋ねる。祭り囃子に慣れてしまい上手く聞き取れなかった。
「幽霊でもみるみたいに」
声の主――椎名は笑う。僕がずっと合いたかった人物だ。
気の抜けた古い半袖シャツと短パン、コンビニの帰りだったのかロゴが印刷されたビニールに財布と商品が入っている。
「ここら辺の神社はどんな御利益があるのかなって」
「えーっと、たしか恋愛祈願とかですかね」と彼女は言う。「あー、そういうことですかあ」
椎名は面白がるように言う。それから、少し寂しそうに、
「待ち合わせしないと誰にも会えませんよ」と言う。
僕はつい可笑しくなり、笑ってしまう。
「なんですか」
「違うよ。多分勘違いしてる」
「?」
「いいじゃない。せっかくだしまわろうぜ」
椎名は下唇を少し動かし、
「はい」
と言う。
一途もいいがバカをみろ!!! ぽこちん侍 @pokotinnzamurai
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