ジャンピング・アマガール
成瀬イサ
第1話
日本は梅雨真っ只中で、岐阜県には大雨注意報が発令されたらしい。
登校前のことだ。
最上階から大垣市全体を見渡せるであろう高級マンション――その隣にこじんまりと建てられた一軒家に住んでいる私は玄関を出てすぐ、ガードレールの端っこに2匹のアマガエルを見つけた。
(つがいなのかな)
容易く想像できるあたり、私はちゃんと思春期の女子高生らしい。
傘を開いてスカートを抑えながらしゃがむと、私の目と同じ高さに彼らのぱっちりな目玉がやってくる。
「アマガエル」
今日が始まって以来、私の口から出てきた3つ目の言葉はそれだった。ちなみに1つ目は私を起こしに来た弟への「おはぉう……」で、2つ目はネコマル――私の家で飼っている猫に言った「いってくるよ」だ。
「キミたちには絶好の季節だね」
呟いた私は、空を見上げる。
真っ白な世界に圧倒されて、ついつい隠れてしまう太陽から放たれた申し訳程度の陽光は、傘の水玉模様を通って私に届く。反対に――当たり前の話ではあるが――頭上からやってくるしずくたちは私に届くことなく、まるで流れ作業のようにアスファルトへと落ちていった。湿気は女の敵なので致し方ない。……都合の良いときだけ、自分が女であることを後ろ盾にするのは良くないかもしれない。
というわけで。
私は、身体を少し傾けて傘の先端に水を集め始めた。
「ぺちょ」
ある程度まで大きくなった水滴が、傘から離れてアマガエルの頭に落っこちた。一瞬驚いたようにその子はびくりと身を震わせ、もう1匹がその様子を不思議そうに眺めている。だが数秒もすると2匹は仲良くその水滴を分け合い、ぺろぺろと舌で舐め始めた。
湿気は女の敵だが、カエルにとってはオトモダチなのだ。
「おはよう小牧ちゃん」
間延びした声。きっと潮だ。
振り返れば予想通り、私より身長が20センチ以上高いのに、私より3歳くらい童顔の
「おはよう」
「雨だねぇ」
「うん」
傘からちょっとだけ身体がはみ出ているせいで、潮の肩が濡れている。
「もう、けっこう小さいね」
「?」
私が傘を指差すと、潮は「ああ〜」と納得したような声を漏らした。
4年くらい前。お互いの家族と一緒に動物園へ行ったときゲリラ豪雨に見舞われて、急いで園内の売店で買ったのだ。
あのときは私と潮が一緒に入ってもいくらか余裕があったのだが、大きくなった今の潮の隣に並ぶのは、ちょっと無理そうだ。
「新しいの、買いなよ」
「でも俺
「ケンジ……ああ倹約家、かなぁ。潮ってすぐ物失くすじゃん」
「そっかぁ。今思ったけど、小牧ちゃんってガードレールフェチなの?」
「エ、急になに、全然そんなこ――あ。アマガエル見てるんだよ、ほらここ」
突然脈絡のないことを言い出した潮に驚いたが、すぐに意図を理解した私は指を差し雨乞い中の彼らをを見るよう促す。
「どこ~?」
潮は膝を曲げると、私の背中越しにカエルたちを探し始めた。ちらりと顔を見やれば眉間にしわが寄っている。そういえばこの男、視力が悪いんだった。
「あ、ごめん」
(潮の前に座ってたら、そりゃあ見えづらいか)
「もっと近くで見――」
膝を持って、立ち上がろうと脚に力を入れたそのとき。
「――あ! あった、いた」
「ゥエッ――⁉︎」
潮の手が私の肩をぎゅっと掴んだ。
不意に身体に触れられて思わずびくっと跳ねてしまったが、すぐに我に返った私はその手を払いのけようと身をよじる。だがしかし、男子小学生のように興奮する潮はなかなか離れてくれない。どころか首をぐいっと前に持ってきて、もっと近くで見ようとする始末。
「かわいいなぁ〜」
「…………」
端正な顔がすぐ近くまでやってきて、童心の中にひとつまみの男らしさが混ざったような声で私の耳元で囁くようにそう言った。
「……そうだね」
「ふふっ、小牧ちゃんみたい」
「ゥギ……」
思わず、踏みつぶされたカエルのような声が出る。
潮が女の子に人気な理由は色々あるが、それを大きく担っているのは絶対にこういうところだ。おかげで、誰も口にはしないものの『潮と話すのはカースト上位〇位の子だけ』なんていう空気感が生まれている。
ちなみに私はそういう類のランキングに入ってすらいない。去年校外学習で同じ部屋だった橋本さん曰く、理由は「なんか変だから大丈夫っしょ、的な?」だった。私は変で大丈夫らしい。
「カエルと私って、似てるのかな」
2歩下がって潮から距離をとった私は、そのまま踵を返して学校へと足を進める。
それにならって、潮もとてとてと私のあとをついてきた。
「うん。マイペースな感じが」
「それ、潮じゃん。机の上にあったお金勝手に使って怒られたってこの前京子さんから聞いたよ」
「そんなことないよ。俺
「倹約家ね」
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ジャンピング・アマガール 成瀬イサ @naruseisa
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