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 底辺男はなるほど底辺なだけあって語彙も底辺だった。それに比べて誘われている女の子があまりに上等だったので自分の目を疑った。どんな成り行きになったらこの子はこんな底辺に付いていくのだろうか。

「こ、こんなのって。ないですあんまりです。ただアンケートに答えるだけなんじゃないんですか?」

「だからさ。その答えを知りたいわけだよ。部屋の中でさ」

 男の下卑た笑い。それは無理もないと思った。自分ほどではないけれど上玉の女だ。華奢な身体つきや幼げな見た目からして、そういった界隈ではさぞ人気の出ること間違いなしの女だ。成人しているなら居酒屋やコンビニで年齢確認されていることは想像に難くない。

 逃げるのは簡単だ。見て見ぬふりをすればいい。大方の一般論は見過ごすことを選ぶだろう。介入すれば野暮どころではない。酔狂だと謗られる可能性だってある。それとも正義感に飢えている? 

「可愛ければさ。何をされても仕方がないってか」

 底辺男を見続けるのが嫌になったので、とりあえずスマホを動画撮影モードにして底辺男にレンズを向けた。

「おいっ! なに撮ってんだよ!」

 凄む男。思ったよりも高い声で吹き出しそうになった。構わずスマホを向け続ける。

「お前の知り合いか?」

 女の子に訊ねる男。彼女が私を見る。庇護欲を掻き立てられる眼差し。あえて私は冷たくうつるような目つきを保持した。震える彼女。機転を利かせて頷くべきか、私を恐れて他人だと言い張るかを天秤にかけているようだった。

 庇護欲たっぷり眼差しに負けた私は彼女に向かって言った。

「なにやってんのこんなとこで。待ち合わせには来ないしどうしたのかと思っちゃった」

 こんなホテル街で女2人待ち合わせなんてどう考えても気が狂ってる。確かに大人のワンダーランドで溢れかえってはいるけれど。

「なんだよ。連れはいないって言ってたじゃんか」

 か弱い女の子には強気で言葉を吐くが定石。そんなバカみたいな常識しか持ち合わせていないから底辺なんだろうなコイツ。

「アンタさ。この子の父親が誰か分かってんの?」

「誰なんだよ」

「…………知らないのっ?」

 私は大袈裟に仰け反ってみせた。

「マジか。知らないでその子にちょっかいとか。まあ知ってたらしないよな。自殺志願者になるようなもんだもんね」

 恐怖の元は想像力だ。どんなに底辺な男だろうと、そっちの話題に対しては人一倍警戒心を持っていることだろう。やんちゃな世界には踏み入れていけない境界というのが確実に存在する。どの世界でも言えることだけれど。

 男の顔が見る間にひきつり青褪めていく。

「ちゃんと証拠の動画も撮ってるよ」

「は、はったりだろどうせ」

「試してみる?」

 男が唾をのむ。冷や汗がとめどなく流れる。どうやら小心者であるらしい。

 しばしの沈黙。その間にも私は撮影を止めない。

 私は自信を崩さない。はったり上等。こんな底辺に人間的に負けるわけがなかった。だからこその堂々とした立ち振る舞い。

「とりあえず。彼女から離れた方が、いいかもよ? 撮影はされてるけれど一応、反省の色くらいは出るかもしれないし」

「……み、見逃してくれないか」

 折れる男。ここで簡単に引き下がったらそれこそリアリティが失われてしまう。やるなら徹底的に。

「私ね。偉人の絵と数字が並んだ紙切れをコレクションするのが趣味なんだよね」

 男は逃げるように去っていった。野郎が持っていた札は五千円一枚だった。シケた底辺男。まあ、臨時収入はありがたいけれど。 

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汚れを知らない私には 田中八郎 @8roT

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