7 ヒト、そして人ならざる者
それは余りに、強大な存在だった。
森の中から現れた、根源的な恐怖を引き出してくるような姿の『変律体』。
彼の知識にはないその奇妙な外見は、彼に最大限の警戒を抱かせるには十分すぎた。
初手の一撃、あれは恐らく『魔法』によるもの。
『変律体』の固有能力であり現在の魔術の原型、それが魔法だ。
魔法には個体差があり、その能力は千差万別。わかりやすいものもあれば、複雑怪奇なものもある。
そして、魔法が判明した『変律体』は『城郭』内にある組織、
つまり、これは新種だと考えるのが妥当だろう。
ルプスヴァルグもアルマも、初撃こそ食らったものの目立った傷はない。動きも、鈍ってはいない。
このまま、ディエスが来るまで耐える。
それが二人の策だった。
一つだけ、懸念があるとすれば――
ルプスヴァルグは剣を振るいながら、善のほうをちらりと見る。
彼はこの『変律体』に攻撃され、動けなくなっているようだ。
(……流石に、仲間ってわけじゃなさそうだね)
人と会話ができ、ここまで友好的に接してくる『変律体』など見たことがない。
だからこそ、彼らは善を最重要警戒対象とするのだ。
彼の魔法は、恐らく再生か強化系……いずれにせよ単純だ。
だからと言って一筋縄でいくと考えるほど己惚れてはいない。
彼が目覚めてからの数時間、様々なことを試した。
わざと圧迫感のある会話をしたり、アルマに攻撃させたり、フーミアと二人きりになる状況を見逃したり、その場その場でどうすれば本性を暴けるか試してみた。
どれも不発だったわけだが。
(結果的に、フーミアさんの命を危険に晒すことになったのは申し訳ないけど)
フーミアが善のことを知っている素振りを見せた時点で、彼女を見捨てるルートを考慮してはいた。
明らかに怪しい人物をこの村に招き入れようとする不穏分子、そう思っていたが――
(この感じ、二人ともこっちに敵意があるわけじゃなさそうだね)
だとすると、尚更善の正体が気になるところではあるが――
「ルプスっ!」
「……おっと」
咄嗟に頭を下げる。その頭上を、風切り音が通過していった。
最初と全く同じ攻撃。これ以外に、魔法と思しき行動はされていない。
となると、これがこの『変律体』の魔法なのだろうか。
考えられるのは風魔術に近い何か。思ったよりも特異性がなく、魔術との違いもあまりわからない。くらった際に何かされたようなわけでもなく、現状問題なく動けている。
ならば、ケアすべきは遅効性の何かである可能性と、相手が何か隠している可能性。
すなわち――
「圧殺するよ」
「――了解!」
猛攻あるのみ。二人は一気にスピードを上げ、『変律体』を追い詰めていく。
ルプスヴァルグが首を狙うと同時にアルマが体制を崩すべく足を折ろうとメイスを振り抜く。
『変律体』はそれを跳んで避けるが――
それこそが、ルプスヴァルグの狙いだった。
空中でとれる回避行動は限られている。
体をひねる程度ではどうにもならず、しっかり避けようとすると、魔術など超常的な力に頼らざるを得ない。
故に、こうすれば隠し玉を吐かせることができるか、そのまま倒しきれると彼は踏んだ。アルマも、一瞬で彼の意図を読み取ってくれたようだ。
ルプスヴァルグは敵から目を離さない。
注意深く、その一挙手一投足を見逃さぬように。
三度目の風切り音、それを避ける。
「もう見飽きたよ」
魔術を行使し、剣を強化。更に、いつでも別の魔術を行使できるよう術式の構築を開始。
アルマは全ての強化をメイスに乗せ、そのまま破壊するつもりだろう。
ルプスヴァルグはそのバックアップに徹しようと、二人分の防御術式を構築する。
その時、『変律体』が動いた。
ルプスヴァルグとアルマ、二人に向けて掌を向ける。
魔力粒子が二つの掌に集まり、後は発散するのみとなった。
今まで散々見てきた、風切り音のする攻撃なら、避けられる。
そう、高を括っていた。
「――」
異変に気づけたのは、偶然と言わざるを得ない。
元々備わっていた鋭敏な感覚、そして脳内での興奮物質の分泌による集中力の増加。
命を繋ぐ決断が、すぐそこまで迫っていた。
「――アルマ!防御行動!」
「は!?何――」
「しくじった……あいつのあれは、
その意味を理解したのか、アルマはメイスに乗せていた強化を自身の身体に付与する。そこに、ルプスヴァルグは防御魔法を張った。
――二つの掌から、全てを破壊する雷の暴威が襲い掛かる。
***********
何度も何度も、その轟音は続いた。
非戦闘員であるフーミアは、二人が雷に撃たれる姿をただ見ていることしかできなかった。
足が震えだす。呼吸も。
死の気配。久しく感じていなかった、脅かされる側の感覚。
『城郭』でのあの事件以降、彼女は生活に不便を感じることこそあれど、命の危機まで感じることはなかった。
それはひとえに『守神』のおかげであり、ディエスのおかげである。
守られてばかりで、フーミアは大事なことを忘れていた。忘れてはいけないことを、忘れていた。
「――逃げろ!」
『――逃げろ……!』
善の声と、記憶の奥底の、父親の声とが重なる。
二人とも、フーミアの身を案じてくれた。自分も大変なはずなのに、彼女を助けようとした。
それにただ従うのが、正しいことなのだろうか。
「……違う」
彼女は走る。善のもとへ。
何ができるかはわからない。だがそれでも、走らなければいけない気がした。
***********
世界が、この上なく遅く見えた。
それは走馬灯のようであり、現実感のない光景でもあった。
こちらに駆け寄るフーミア。ルプスヴァルグとアルマを突き飛ばし、一直線に彼女に襲い掛かる敵。
――そして、地に伏し、それを傍観するしかできない善。
「……っ」
意識は、とうに覚醒していた。
土壇場で精神力を強く保てたのか、それとも二回目の雷撃で却って目が覚めたのか、真相は定かではないが、とにかく、今の善は自分でも驚くほどに冷静だった。
フーミアのすぐ側まで、敵は迫ってきている。二人も、悲観的な表情でそれに追いすがる。間に合いそうもないのに、手を伸ばしている。
今、助けられるのは善だけだ。
その事実を実感した時、彼の魂の奥底で何かが疼いた。
――助けたい。
無力なのが嫌だった。何もできないのが、もどかしくて堪らなかった。
両親を亡くしたあの交通事故で、彼は動けなかった。子供だったから、なんて理由で言い訳しようとは思えない。
子供なら、動けなくても仕方ない。
そう思われたくなかった。
彼がもっと的確な判断ができていれば、もしかしたら善の両親は助かったかもしれない。
足りない頭で必死に悩んだ。できることなどなかったと、認めるのが嫌だった。
両親の死を、『仕方ない』で済ませたくなかった。
だから、彼はキョウヤに八つ当たりしてしまったのだ。彼の慰めが、「動けなかったのだから仕方ない」と、そう言っているような気がして。
今思えば、馬鹿なことをしたと思う。
心にもない暴言を吐き、醜く逃げ出してしまった。
――そういえば、あの後謝ったっけ。
忘れていた後悔を、思い出した。
キョウヤと会いたい。会って、謝りたい。
キョウヤは優しい奴だ。昔も今も、ずっと。
だから、善を見捨てずに親友のままでいてくれた。
どうして、楽観的でいたのだろう。
異世界に来て、もうキョウヤと会えなくなったかもしれないのに。
帰る理由があったはずなのに、それから目を逸らし続けていた。その罪深さを、ようやく善は自覚した。
――これじゃ、何一つ変わらない。
そう思った直後、
『――一回だけだよ』
聞き覚えのない、少女の声が聞こえたような気がした。
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
――――
――
殴る。
ごちゃごちゃ考えるのは、もうたくさんだ。
ただ、足を動かして、この拳を叩きつける。
即断即決、彼は駆けだした。
両足がめきめきと音を立て、変質していく。変貌していく。
およそ人間の脚が出せるはずのない速度で、『変律体』に肉薄する。
そして、その顔面に、一発拳を打ち込んだ。
大きくよろける『変律体』、だが善は攻め手を休めない。
すぐさま追撃の姿勢に移行する。
右腕を
一瞬のうちに善の腕は形を変え、巨大な触腕となっていた。
それで胸を狙って一撃、だが『変律体』はまだ動いている。
――ならば。
背中から更に四本の触腕を出し、四肢を貫いて地面に縫い付けた。
そこから、右腕の触腕から更に棘を生やし、内側を破壊していく。
バタバタと暴れていた『変律体』は、決死の抵抗としてこちらに怪しげな何かを放ってきた。
風切り音が聞こえる。
目に見えぬ刃が、彼の半身を吹き飛ばし――すぐさま、再生された。
「――ッ!」
誰かが息を呑む音が聞こえる。
まあ、それは今はどうでもいい。
彼の身体にはもう傷一つなく、傷つけられた服さえ元通りに再生される。
元々備わっていた能力なのではないかと思うほど、今の善はこの力になじんでいた。
「……この服、俺の体の一部なのか」
そして今判明した事実ではあるが、彼がさっきまで来ていたこれは、制服ではなく善の体の一部らしい。好き放題に操作できる。
恐らく洞窟で目覚めたときにはこうなっていたのだろう。
この後検証しなくちゃな、なんて呑気なことを思っていた、刹那。
「ディエスさん」
ルプスヴァルグの声が聞こえた。
ふと振り返れば、そこにはディエスと、知らない女性が困惑したような表情で立っていた。
「あ、ディエスさ――」
「
その声が聞こえた頃には、もう全てが終わっていた。
再開の挨拶すら儘ならないまま、善は蹴り上げられ――音すら置き去りにして飛び上がった謎の女性の拳によって、地面にたたき落されていた。
異世界に造れ、人の世を〜化け物どもが夢の跡〜 厨学生 @gakusei1106
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