6
佳帆は夏海の膝枕の上で目を覚ました。すっかり見慣れたカフェレストラン、体にかけられたブランケットと夏海の身体に包まれて、佳帆は自分の体温を感じた。手のひらを開いて、閉じる。そこには間違いなく、自分自身の熱がある。
「夏海さん」
佳帆の顔を見下ろす夏海は、すべてを察した様子で微笑みかけて、手のひらを優しく佳帆の頭に添えた。
「佳帆ちゃん」
優しい眼差しを注ぎながらも、夏海は静かな声で言う。
「帰らなきゃね。佳帆ちゃんの場所に」
夏海の言葉を引き金に、佳帆は声を上げて泣いた。夏海の膝に顔を埋め、うめき声にも近い声で泣いた。ようやく思い出した璃央との記憶と、璃央がいない現実で生きていく試練を必死で飲み込もうとする。うまく喉を通らない苦しみが、嗚咽になって佳帆の唇からあふれ出す。
今までそこにあるのに忘れていた心の穴が、強く痛んだ。はじめて自分の心が傷ついていることに気づいた。あまりの痛みに佳帆は絶叫した。
それでも、佳帆はゆっくりと時間をかけて、空っぽになった胸の中へ思い出を飲み込んでいった。璃央に会えなくなったあの日から今日まで、孤独に背負い続けていた重荷を取り込んでいく。
ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻し、「ごめんなさい」と謝る佳帆に夏海はポケットティッシュを手渡した。夏海の服には涙の染みが広がっていた。
「最後に何食べたい?」
夏海が尋ねると、佳帆は鼻をすすりながら小さな声で答えた。
「シーフードカレー」
夏海はにっと笑って、佳帆の頭をぽんぽんと叩く。
水族館でよくシーフード食べられるね、と璃央が言っていたことも覚えている。璃央は水族館のレストランでは、魚介類が入っているメニューを絶対に頼まなかった。結局、佳帆は今でもその気持ちを理解できないままでいた。恐らくこの先も、その気持ちはわからないままで生きていくことになる。
夏海が持ってきたカレーは、レトルトの中にシーフードミックスが入っているだけの簡素なものだった。それでも、今まで食べた中で一番優しい味がした。
「佳帆ちゃんに、ひとつだけ嘘ついてたんだ」
夏海が優しいまなざしを向けながら言う。
「ここに来る前のこと。本当は、私も思い出せないの。きっと、佳帆ちゃんとか、璃央ちゃんと同じだと思う」
カレーのルーとライスをわざと小さく掬いながら、佳帆が尋ねる。
「夏海さんとは、もう会えないの?」
夏海は困った様子で苦笑いをした。
「私はたぶん、もう、向こうの世界には生きていないから」
申し訳なさそうに夏海が言う。その言葉を聞き、胸の底から再び湧き上がってきた嗚咽を、佳帆はぐっとこらえた。
「忘れちゃうよね、夏海さんのこと、たぶん」
「忘れてもいいよ。私は佳帆ちゃんのこと、忘れないから」
その言葉にこらえきれなくなった佳帆は、目をぎゅっと瞑り涙を流した。夏海が優しく微笑みながら、ハンカチで佳帆の頬を拭う。
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