第一章 Torch ⑪

 その後は間食用のお菓子を買ったり、道端で販売されている機械細工をひやかしたりした。ゼンマイを巻くとよちよちあるくヒヨコの機械細工をアデオナはいたく気に入ったらしく、衝動的に購入していた。


 ひとしきり辺りを歩き回ったので、少し休憩することになった。近くのコーヒースタンドにて、エレフェリアはアイスのブラックを、アデオナはホットのカフェオレを買う。大通りから一つ奥に行った路地に公園があったので立ち寄り、公園内のベンチに腰掛ける。遊具と呼べるものは滑り台くらいしかない小さな公園だった。


 この辺りは人の行き来も少ないようで、人の声より木々の葉擦れの音の方が大きく聞こえた。暖かい春の風が、耳元でエレフェリアの髪を散らす。視線を上げると、少し先には様々な紙が貼られた掲示板があった。自治会からのお知らせや、地域の同好会の宣伝のチラシが並ぶ中で、一際大きく、派手な色合いで装飾されたポスターが目に飛び込んできた。どうやら近日、この近くの広場で音楽イベントがあるらしい。流行りのバンドやボーカリストが出演するイベントのようだった。そして、「後援:カルマン魔導ホールディングス」の文字が、小さいながらもはっきりしたフォントで記載されていた。


 カルマン魔導ホールディングスは、魔導技術とその製品の販売で成長した会社ではあるが、魔導石の安定的な産出が難しくなった近年は、様々な分野に手を伸ばしている。エレフェリアたちの所属する警備部門のように間接的に魔導石に関わる部門もあれば、全く関係ない部門もある。近年は、出版や芸能といったエンタメ部門に力を入れているらしい。寮でも何度か似たような音楽イベントのポスターを見た。そういえばと思い、先ほど買った本の中から一冊取り出す。一冊だけ買った雑誌だ。確かこれもカルマン魔導ホールディングスの傘下の企業が作っていたはずだ。中のページをパラパラめくると、やはりその記載が確認できた。


「……あ、ローゼ様だ」

 そのままページをめくっていたところ、隣に座っていたアデオナがこちらを覗き込んでいた。目線の先にはエレフェリアの雑誌がある。

「アデオナ、知ってるの?」

「まあ有名人だからね~」


 アデオナがローゼ様と呼んだ人間、ローゼ・シュミットとは、カルマン魔導ホールディングスのエンタメ部門で近年活躍している歌手である。

 洗練された顔立ちと抜群のスタイルもさることながら、持ち前の圧倒的な歌唱力で、飛ぶ鳥を落とす勢いだという。どうやらパラパラとページをめくっていたところ、偶然彼女のインタビューのページを開いていたらしい。

 アデオナがうっとりしたように続ける。


「いいよね、カッコよくて。ちょっぴり憧れちゃうな~」

「でも、そんなにいい世界でもないらしいけど」

「? エルは詳しいの?」

「別に。……その、昔、知り合いから聞いたことがあるだけ」

「ふーん。それにしても雑誌買うなんて珍しいね。いつもは大体小説とかなのに」


 珍しくアデオナが鋭い。アデオナの言う通り、エレフェリアは普段雑誌を買わない。今回買ったのは、まさにローゼのインタビューが載っていたからなのだが、正直に理由を言うと面倒になりそうな気がしたので、

「違う、その、パズル。この巻末のパズルがやってみたかっただけ」

 最後の方のページの右下に、小さく入ったパズルを指さしてごまかした。

「あー、納得。エル、結構そういうの好きだもんね。前見せてもらったノートの端にも何か書いてたよね?」


 急造の言い訳にしてはそこそこの出来で、アデオナにも納得してもらえたらしい。

「そういえばそんなこともあったね。……そんな細かいこと、覚えてるんだ」

「そう。あの時は助かったから。おかげさまで赤点回避できたよ、感謝してる!」

 アデオナとそんな会話をしていたら、気づけばエレフェリアの手元のコーヒーは大分汗をかいていた。一気に飲むと、ややぬるくなっていたコーヒーは、むしろ春の夕暮れ時にはちょうどいい気もした。


「……あ、見てほら。警備部門のこと、載ってるよ」

 アデオナが雑誌を覗き込んだまま誌面に指をさす。開いていたのは先ほどのクロスワードのページである。エレフェリアはぺージ下のクロスワードに注目していたが、上側の部分はどうやら求人のページらしかった。身分ごとにまとめられた求人広告の最後に、「身分:不問」として、警備部門の募集要項が書かれている。アデオナが指さしているのはその部分だった。


「今、私たちが警備部門所属って名乗っていいのか分からないけどね」

 エレフェリアがそう指摘すると、アデオナが首をかしげる。

「んー。でもやることは一緒なんでしょ?」

「一応そうらしいけど。よく分かんない」

「難しいね~」


 昨日内示を受けて、同時に一瞬クビになった。だからもう警備部門ではないらしいが、どう変わったのかは正直よく分かっていない。来週には異郷の地へ旅立つ必要があるらしいが、その実感もあまりない。右手を大きく広げて空にかざす。指の隙間から光が漏れる。その線は細く、ふとした衝撃で消えてしまうんじゃないかと感じた。


 そんなエレフェリアの不安を察したのか、反動をつけてパッと立ち上がったアデオナが、両手でエレフェリアの右手を包み込んでくる。そして言う。

「大丈夫。太陽はどの地でも輝いているよ」

「……何それ?」

「地元の言葉。土地を離れる人を送り出すときに使うんだよ」

「ふーん。太陽はどの地でも輝いている、か。いいね、きっとそうだよ」

「うん! 一緒に頑張ろ!」


 夕暮れ時の太陽が、エレフェリアとアデオナの長い影を作る。たとえどんな未来が待ち受けていたとしても、私たちなら何だってやれる気がした。

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