第一章 Torch ⑩

 最初、施設でのエレフェリアはひとえに「異物」だった。この国では一般に、施設で受け入れる子どもも、身分ごとに固めるのが常だ。子どもの方が大人より、身体的な違いには敏感だ。子ども同士のいじめやトラブルを防ぐ意味でも、そういう運用になっていた。ただ、エレフェリアはどうしたって眼の色が周囲と半分違うことになってしまう。施設の大人たちも、他の施設にエレフェリアを移動させるかどうか迷ったらしい。ただ結局、他に行く当てもないということで、モスの施設で受け入れられることとなった。


 そんな中で、エレフェリアにとって、モスとして振る舞うことはある種の生存戦略だった。それが周囲の人間と馴染むために不可欠のことだった。他の人がすること、考えることを必死に真似して覚えた。成長して中学生になる頃には、あまり気にする必要もなくなったが、それでも今も、モスとして適切な行動を問われると、冷静でいられない部分があった。


 「……はああ、最悪だ……」

 とはいえそんなのはエレフェリアの事情だった。書店を回りながらエレフェリアは大きくため息をつく。アデオナに強く当たってしまった。そのことに激しい自己嫌悪を感じていた。

 とぼとぼ歩きながら、一通り目当てのコーナーを回り、買おうと決めていた本を機械的に手に取る。見渡すと平積みされた色とりどりの本が、まるで餌を待つ雛鳥のように並んでいた。他にも目ぼしい本があれば買うつもりだったが、あまりそんな気分になれなかった。

 

 アデオナみたいに、ああいう場面ではモス同士お互いに助け合うのが普通なのだろうか。

 

 自問してみたが、何も分からなかった。

 エレフェリアは何となくふらふらと占い本のコーナーに立ち寄った。普段は寄りつかない場所だ。適当に目に留まった本を手に取り、開く。星座占いの本だ。ふたご座の人間は社交的な反面、不意の一言で相手を傷つけることもあるらしい。本を思い切り閉じた。エレフェリアは普段から占いをあまり信じない。バカバカしい、と思ったが、ふと考え直して再びページをめくる。アデオナはみずがめ座だったはずだ。みずがめ座のページを見ると、自由奔放で独創性にあふれると書かれていた。この本、そこそこやるのかもしれない。そのままふたご座とみずがめ座の相性のページを見ると、相性は結構良いとのことだった。星座占いなんて所詮十二択の組み合わせでしかないと思っていたが、意外と神様は見ているのかもしれなかった。


 ふと、今この場で、アデオナが見つけて話しかけてくれないかな、という期待がエレフェリアの胸に淡くよぎった。書店に行くことは伝えているし、ことが終わったら来てくれるだろうと思っていた。先ほどまでの本を棚に戻し、今度はみずがめ座専用の性格診断の本を手に取る。もし今話しかけてくれたらきっと普段通りに話せるのに。そう思って、あえて表紙が見える角度で本を持っていた。ただ、十ページ程ページをめくったところで、何だか恥ずかしくなって止めた。内容はほとんど頭に入っていなかった。


 出入口の方に行くとドアのすぐ脇にアデオナが立っていた。出入口にいれば絶対出会えるだろう、という理由からそこにいたのだろうが、こちらを待ってくれていたという事実に、また胸の辺りがちくりと痛くなった。何となく話しかけづらい。そう感じて躊躇っていたら、アデオナの方からこちらに気づいた。すぐに小走りで駆け寄ってくる。


「あ、エル。その、さっきはごめんね」

 アデオナは謝るようなことを何一つしていない。そう伝えるべきなのに、口はぶっきらぼうな言葉しか形にしてくれない。

「……別に。……その、ちなみに、あれからどうなったの?」

「あー、ちゃんとお店でごめんなさいしてたよ。もうしません、ってさ~」

 全体のことを訊いたつもりが、少年のことについて返ってきた。お金はアデオナが払ったの? と訊きたい気持ちはあったが、それを訊くのは野暮な気もした。そもそも、それが知りたいのならついていくべきであったのだから。


「えっと、その、エルは買い物終わった?」

「うん。まあ、終わった」

 一度すれ違った気持ちが、会話をサビ付いた歯車のようにぎこちなくしていた。どうにかしたいが、どうしていいか分からない。打ち破ったのはアデオナだった。

「おっけー。じゃあエル、……これ、あげる」

 アデオナが差し出してきたのは一輪の小ぶりな白い花だった。細く生えた葉の根本から伸びた茎に、花びらが下向きについている見た目が特徴的だった。


「……これは?」

「摘んできた。スノードロップ、っていうんだよ? なんか花びらがごめんなさいしてるみたいで可愛くない?」

 確かに、下向きに開いた花の重みで曲がった茎は、アデオナの言うように、まるで花が謝っているみたいだった。

「あ、エル笑ってくれた」


 スノードロップの見た目が面白かったわけではない。このために花を探してくれたアデオナのことを考えると、何というか、胸の中にビー玉が転がるような気分になっただけだった。我ながら単純だ。でもそのおかげで素直になれた気がした。

「別に。私もごめん、途中で投げ出しちゃって。次同じようなことがあったら、今度は一緒に行くよ」

「うん! では仕切り直して。買い物の続きと行きますか!」

 アデオナが拳を突き上げて宣言する。さっきまでのことは忘れようという合図なのだろう。呼応するように、エレフェリアも小さく拳を上げる。占い曰く、みずがめ座とは相性が良いらしい。これからもその通り上手くやっていきたいと思った。

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