殺され屋

やざき わかば

殺され屋

 不法行為を働き、治安を脅かす犯罪組織を、たった一人で潰してまわる男がいた。


 彼は、その組織に所属していなければ知り得ない情報を、警察や治安維持部隊、ときに敵対組織に売ることで、それを成し遂げていたのだ。


 そのため、様々な組織が「我々がターゲットにされてはかなわない」ということで、彼の元に殺し屋を送り込む。


 だが、彼は常に生き残り、逆に彼を狙った殺し屋が行方不明になる始末。常に受け身の体制だが、狙ってきた殺し屋をきっちり排除するその男を、いつしか裏の世界では『殺され屋』と呼ぶようになった。


 さて、今日もまた、ある組織が殺し屋を雇う。気付かれずことを運び、ターゲットを音なく、気付かれることなく始末する技術を持つ、その界隈でも恐れられる存在。姿も声すらも、他人には明かさないことから『影』と呼ばれている。


 そんな腕利きの殺し屋である影にも、不安があった。あの殺され屋が相手なのだ。情報はあればあるほど良い。良いのだが、その情報が手に入らない。如何にして敵を倒すのか、その方法、武器、環境。何もわからない。


 そもそも、やられた人間の死体が出てこないのだ。


 埒が明かないので、影は殺され屋に接近する。誰にも怪しまれず、警戒感を持たれず、難なくターゲットの周囲を固め懐に潜り込んでいく。それが成せるのは、影が、小柄で人当たりの良さそうな、若い美女だからである。


 薄化粧であれば少女と見紛うかのように、肌も眼も、美しく輝いている。彼女はこの美貌と素朴さで、痕跡を残さず、静かに仕事を処理してきた。変装、メイクも得意で、殺す手段より、いかに紛れるか。そちらに重きを置いている。


 殺され屋は、顔は知られていないが、いつも必ず特徴的なマフラーを巻いている。夏でも、冬でも、春でも秋でもだ。全てがあやふやな殺され屋の話で、これだけは確かな情報。だから彼は、いろんな殺し屋から狙われる。


 影は難なく、殺され屋と接触できたが、全てが予想とは違っていた。


 殺され屋は、長身ではあるが痩身。色白であり、とても闇の世界に身を置く存在には見えない。何よりも驚いたのは、全盲なのである。


 人違いも疑ったが、しばらく様子を見ることにした。


 影はその手練手管を使い、殺され屋と親密な関係になる。もちろん、依頼の遂行のためだ。それに相手は眼が見えない。彼の部屋を掃除するという建前で、家探しを行う。結果、彼は紛れもなく『殺され屋』であることがわかった。


 だが、影は彼を殺さなかった。殺せなかったのである。


 物腰の柔らかさ、痩身で色白。そのうえ長身で顔も整っている。影の好みにドンピシャなのだ。要するに、彼女もまた、彼に強い恋心を抱いてしまっていた。


 それからしばらくの時間を経て、影は依頼主に任務失敗の連絡をする。前金としてもらっていた分も返却した。初めて抱いたこの感情を、影は戸惑いながらも大事に受け止めていた。もう殺し屋もやめよう。このひとと一緒に、穏やかに生きよう、と。


 しかし、そうは問屋がおろさない。闇社会の脅威となっている殺され屋は、様々な組織にとって、目の上のたんこぶなのである。影が失敗したからといって、状況は何も、変わっていない。誰かが失敗したら、別の誰かが送り込まれてくるだけだ。


 二人で公園を散歩していると、筋肉ムキムキで脳筋タイプ、顔もいかつく、いかにも「フィジカルで仕事をこなします」な殺し屋が襲撃してきた。


 やだなぁ。こういうタイプは苦手。影は顔をしかめる。


「お前が『殺され屋』だな。悪いがここで死んでもらうぞ」


 相対して声をかけてきたのは男らしさか、それとも自信の表れか。どちらにせよ、敵は正面からやりあうつもりでいるようだ。


 影はすぐに武器を取り出し、臨戦態勢を取ったが、彼女のスタイルは隠密。真正面からやり合うことはほとんどない。やれるか? 影の中に緊張が走る。


 そんな影を片手で制して、殺され屋は相手に向かって、歩き出す。白杖を突きながら。


「待って。危ないよ」

「いいから。君はここにいて。彼は、僕に用があるみたいだから」


 ゆっくり歩いてくる殺され屋を、仁王立ちで待ち受けるムキムキ。どうやら、卑怯者ではないようだ。


「お前、眼が見えなかったんだな。そういう仕事は普段なら受けないんだが、相手が『殺され屋』と来ては断れもしない。せめて、苦しまないように一発で仕留めてやる」


 そして、殺され屋は首を折られ、一瞬で殺された。


 状況が飲み込めない。感情が追いつかない。身体が熱くなる。手足が震える。意味がまだ理解出来ていないのに、眼から涙が流れてくる。身体に力が入らない。


「え? え? え?」


 影は膝から崩れ落ちる。最愛の人が殺された。殺されてしまった。私の心の拠り所が、なくなってしまった。


「次はお前だ。すまんね。見られた以上、始末しなければならないんだ。恨むなら、恨んでくれたっていい」


 ムキムキがゆっくりと歩いてくる。しかし、命の危険などよりも、彼が死んだという事実が、未だに受け入れられない。


 倒れている殺され屋をぼんやりと見つめていると、ぱっと光の粒になり、それが敵の身体に吸い込まれていった。


「え?」


 途端、ムキムキの身体が大きく揺れる。まるでそこだけ、地震が来ているようだ。


「うう、なんだこれは。頭が割れるようだ」

「やぁ。お邪魔するよ」

「お前は誰だ」

「嫌だな、君が僕を殺したんじゃないか」

「まさか、お前は」


 ムキムキが身体を揺らしながら、独り言をはじめた。


「僕はね、殺した相手を乗っ取ることで、命を繋げているんだ。もちろん君たちの記憶も、そのままいただける。僕は死にたくないからね。太古の昔からずっと、こうやって生きてきた」

「まさか、お前わざと」

「どうだろうね。さて、そろそろおしゃべりも終わりだ。君の身体、いただきます」


 ムキムキの震えは止まり、キョロキョロと周囲を見回す。身体を動かし、不具合がないか確かめる。




 そして、私の好みと真逆な彼は、私を見て優しく笑う。


「ああ。やっと、君の顔を見ることが出来た」

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