冥土

亡者

第1話

 夕方の薄暗い中、川幅が100メートルぐらいの川の堤防の上をジローは川上に向かって歩いている。ヨレヨレの青いポロシャツに黒のチノパンのジローは何故そこを歩いているのか分からないままタラタラ歩いている。堤防の上の歩道には数メートル置きに歩いている他の人も居る。皆んな川上に向かって歩いている。川上に何があるのか分からない。

 ジローはタラタラ歩きながら、自分は誰なのかも分からない。脳裏の中で誰かが罵倒している声がする。良いスーツをパリッと着ている男はたった8人の従業員を前にして業績が悪いことを大声を出して罵倒している。特定の個人を攻撃しているようではない。話題になっているある経営者の言葉を何処からか拾ってきて熱弁している。

「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる…」

 その男はどうやら社長のようだ。勇ましい言葉を大声で喋っている。

「出来ない言い訳ばかり考えてる、信念が足りないから出来ない」と社長は大声で力説している。

 ジローは黙って聞いてるのも辛いなぁと感じている。その社長は続けて喋る。

「出来ないのは心が汚れているからで、座禅をして瞑想したら心が綺麗になる。それと茶道をやれば良い」

 ジローの脳裏にはそれらの言葉が流れている。そう言えば、社長はその日の朝の始業前に気が向いたら内線の一斉放送を使って10人に満たない社員を集めてどっかの大企業の訓示みたいことをやって悦に入ってた。

 これらのことは自分の身の上に起ったことだとジローは気付いた。毎日気まぐれに集められて朝から社長の精神論を長々と聞かされてたなぁ。まるで地獄のようだと感じていた。

 そんなことを思い返しながらジローは堤防の上を歩いている。ジローは今いるここは現実の世界では無いことに気付いた。ココはあの世なのかもしれない。いわゆる冥土ということになる。ということは堤防の上を歩いている者たちはすでに亡くなっている亡者ということになる。そして、歩いて向かって閻魔大王様のお捌きを受けようとしているのか。

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