漆黒の魔女と暴風のエルフ

あきとあき

第1章

第1話 漆黒の魔女と暴風のエルフ

温かい日差しと涼しげな風がそよぐ牧歌的風景の中、二人の女性が丘の道をのどかに歩いていた。


ひとりは、歳は20代後半と思われる、抜群のスタイルを誇る女性だ。

腰まで届く長いストレートの黒髪が風になびき、金色の瞳が妖しく輝いている。

深紅の唇は見る者を誘惑し、透き通った白い肌は人形のような美しさを持つ。

膝上のミニスカートに黒いドレスをまとい、肩を半ば露わにしたショールがその魅力を一層引き立てていた。

背中から足首までを覆う上着は、まるで舞台衣装のように印象的だ。

彼女は黒い日傘を優雅にさし、黒いベールをかぶり、黒いブーツで歩いていた。

その姿は、貴族の令嬢のようでもあり、一流の娼婦のようでもあった。


もう一人は、10代後半の少女のように見えた。

金髪に翠の瞳、健康的な白い肌を持ち、その体はスラリとした細身で、細長い手足が特徴的だった。

耳は尖っていて、エルフだと一目で分かった。

彼女の衣装は、白地に金の織り込みが施された薄い生地で作られた、上はタンクトップ風、下はミニスカートにショートパンツ風の服を身に纏っていた。

銀のティアラが彼女の高貴さを引き立て、腰には金色の剣がしっかりと刺されていて、その姿は物語の中の剣士のようだった。



彼女たちの行く手に、五人の柄の悪い男たちが立ちはだかった。

先頭の男はニヤつきながら、腕を組んでいた。


「お嬢さん方、天気もいいし、俺たちと遊ばないか?」


二人の女性は無視して、男たちの横を通り過ぎようとした。

すると、男の表情が険しくなり、黒服の女の腕を掴んだ。


「おい、無視するとはいい度胸だな。痛い目に遭いたいのか?」


黒服の女は小さくため息をついた。

その瞬間、五人の男たちは一斉に空中へ舞い上がり、地面に叩きつけられた。


「まったく、実力の差も分からねえバカには反吐が出る」


いつの間にか、金髪の少女が黒服の女の前に立っていた。

倒れた男の一人に唾を吐き捨てる。

黒服の女はもう一度ため息をついた。


「シリル、暴力はダメだって言ったでしょ。それに言葉遣い」

「だってさ、ゼノア姉ちゃん。こんな奴ら、結局最後は暴力沙汰になるじゃん」


ゼノアは静かにため息をつきながら首を横に振った。


「それでも、最初は話し合いが大切よ。それが人間というものよ」

「あぁ、うるせぇな」


次の瞬間、シリルは地面に叩きつけられていた。


「い、いてぇ!暴力反対!」


一方、倒れていた男たちが目を覚まし始めた。

頭を振りながら立ち上がろうとするが、まだふらついている者もいる。


「くそ……てめぇ、よくもやりやがったな!」


怒り狂った男が殴りかかろうとした時、男たちは突如、重圧に押しつぶされるように地面に倒れ込んだ。

最後まで踏ん張っていたボスらしき男も、ゼノアの前で崩れ落ちる。


ゼノアは微笑みながら男の耳元でささやいた。


「今回は初めてだから見逃してあげる。でも、次は命の保証はないわよ」


男はその言葉を聞くと、白目をむいて気絶した。


シリルがぶつぶつと不満を漏らした。


「結局、暴力で解決じゃん……ゼノア姉ちゃん」

「話し合いができないのなら、それはもう人ではないわ」

「なんだよ、それ……」


シリルは納得いかないという顔をして、ゼノアの後について歩いて行った。

彼女たちが目指していたのは、バステトという町だった。ボルダイン国、ダドン辺境伯領にある小さな田舎町だった。





二人は町の入り口に差し掛かった。


「私は孤児院に真っ直ぐ行くけど、シリルはどうする?」


ゼノアが肩越しに問いかけると、シリルは上目遣いで少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「冒険者ギルドで討伐依頼でも見てこようかな。面白い仕事があれば、やってもいい?」


ゼノアはクスッと笑った。


「普段もそのくらい可愛いく振舞ってくれたらいいのに。狩り過ぎないように、気をつけてね」


「は~い、ゼノアお・ね・え・さ・ま!」


シリルはおどけた調子で答え、二人はそれぞれの道を歩き出した。




シリルは冒険者ギルドの重たい扉を押し開け、中に入った。

一年ぶりに訪れたギルドは昼前のせいか、少し静まり返っていた。

数人の冒険者たちが彼女に気づき、驚いたような表情で目をそらした。


「げ、暴風!」「もう1年経つのか」「知らんぷり、知らんぷり」


冒険者たちのこそこそした態度を気にも留めず、歩いて行く。


「ふぅん、相変わらずだね」


掲示板に近づき、依頼を眺めていた時、後ろから声をかけられた。


「お嬢ちゃん、一人か? 俺たちと食事でもどうだい?」


シリルは振り返り、にっこり笑って奥のテーブルを指さした。


「奢ってくれるなら、考えてもいいよ」

「おう、いいぜ!」


彼女と男たちがテーブルに向うと、ギルド内の空気は一層ざわつき始める。

別の冒険者が小声でつぶやいた。


「またカモが引っかかったな……毎年恒例のイベントだ」




「まずはエールで乾杯だ!」

「乾杯!」

「おっ、いい飲みっぷりだな。もっとエールを持ってこい!」


エールが何杯も空になるころ、男たちはすっかり酔い、シリルに寄りかかるように近づいてきた。


「なあ、もっと一緒に楽しみたいなら、俺たちの宿に来ないか?」


シリルは笑顔を崩さず、彼らを挑発するように答える。


「飲み比べで勝てたらね。ただし、私が飲み干したら、あなたたちも同じように飲むこと。飲めなかったら、負けね」


「面白え、負けて逃げ出すなよ!」

「もちろん。さあ、エールをどんどん持ってきて」


1時間後、男たちはテーブルに崩れ落ちていた。シリルは涼しい顔で立ち上がり、軽く手を振った。


「ありがと。奢ってくれて。それじゃ、さようなら」


ギルドの中はざわめきが止まらなかった。


「暴風のエルフ……」「漆黒はいっしょじゃないのか?」「教会だろ?」


この町の冒険者ギルドで、彼女たちは「漆黒の魔女と暴風のエルフ」と呼ばれていた。

暴風エルフことシリルは精霊のおかげで、どんなに飲んでも泥酔するこがなかったのだ。

彼女はこの手で、毎年ただ酒ただ飯を楽しんでいた。






一方その頃、ゼノアは孤児院に到着していた。


小高い丘の上にある、寂れた教会は、いつものようにひっそりとしていたが、その横に併設された孤児院から子供たちの元気な声が漏れてきていた。

茶色の巻き髪の女の子が手を振って走り寄り、彼女に抱きついた。


「ゼノアお姉ちゃん! 久しぶり!」

「ミミ、元気にしてた?」


「うん!シリルお姉ちゃんは?」

「今、狩りに行ってるから、そのうち来るわよ」


「わ~い!」


子供たちの歓声と共に、ゼノアは笑顔を浮かべたが、その時、不穏な声が響いた。


「おい、そこのガキども!旦那様がお呼びだ!」


ゼノアは背後から迫る男たちにゆっくりと振り返り、子供たちを守るように立ちふさがった。


「何の用ですか?」


「そのガキどもが、旦那様にぶつかってきて、旦那様が怪我されたんだ」

「だから今から旦那様のところに謝りに連れて行くんだよ」


「本当なの? ミミ?」

「ちがうもん!遊んでたら、怖いおじさんがやって来たの。だから急いで逃げただけ」


男が大声で叫んだ。


「ああ? てめえらが大人しくしないから旦那様が転んで怪我しちまったんだろうが」

「きゃ」


子供たちがビックリして声を上げた。

ゼノアは冷ややかな目で笑った。


「まあ、転んで怪我しちゃうなんて、ずいぶんとひ弱な方ですね」

「なんだと、このアマ!」


ゼノアは子供たちを庇った。そして、一歩前に出た。


「それに、うちの子が人様にご迷惑をかけることはないはずです。お話なら私が伺いましょう」


チンピラたちのボスとおぼしき男が、ゼノアを睨みつけた。


「あんた、この子らのパトロンかい?」

「ええ、そうですよ」


男は辺りを見回し、不敵に笑った。


「確かに金持ちみたいだが、護衛の一人も連れてきていないとは不用心すぎるぜ」


別の男も強気になって前に出た。


「痛い目に会いたくなかったら、ささっと帰りな」


ゼノアはさらに一歩前に出た。


「あなたたちこそ、痛い目に会いたくなかったら、ささっと帰りない」


男たちの顔色がさっと変わった。


「後悔するなよ」


男たちは殴りかかったが、次の瞬間には皆投げ飛ばされていた。

ゼノアはボスとおぼしき男に近づいて、片手で持ち上げ鳩尾みぞおちに膝蹴りを入れた。

男は苦痛に顔を歪めて気絶した。

ゼノアは周りの男たちを睨みつけた。


「2度と来ないで下さい」


男たちは、敵わないと思い、一目散に逃げていった。


しばらくしてシリルが大きなイノシシの魔物を3匹抱えてやってきた。


「グレーターボア3匹を狩ってきたよ。今夜はイノシシ鍋だ!」

「シリルお姉ちゃん、すごい!」「やった~お肉だ」

「なら、さっさとギルドに卸してきなさい」

「あいよ。じゃあ行ってくるね」


「みんな、お昼ご飯にしましょう」


ゼノアは、微笑みながら子供たちを連れて孤児院へ戻っていった。

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