第35話 彼らの話


「あっあ・・わかりましたよ・・代理の知事が来るかもしれないですからね」


 孝太は柿沼と共に知事官舎の掃除をした。


 2人が掃除をしていると、孝太は「あの、ちょっと話してもいいですか?」と顔を赤くしながら掃き掃除をしていた柿沼に話しかけた。


「え?何?話って?」


「実は御物城おものぐすくにある風月楼でお見合いする事になりました!」


「お見合い!?相手は?」


 孝太のお見合い発言に柿沼が相手を聞こうとすると、鳴海が県立高女から戻って来た。


「葉子、どうしたの?掃除でもしているの?」


 鳴海は柿沼を名前で呼んだ。


「実はあんたの子供がお見合いする事になったんだよ」 


 柿沼こと葉子は孝太の腕を叩いた。


「子供って・・まぁそうだけど・・相手は?」


 鳴海は孝太にお見合いの相手を聞いた。


「相手は県立高女4年の橋口妙子です」


「橋口妙子ってうちの学校の生徒じゃない?お見合いにしてはまだ早過ぎない?」


「鳴海、この時代だと女学生のお見合いは普通にあるよ」


「そっか・・上手く行くといいね。掃除、手伝おうか?」


 鳴海は2人が掃除をしている様子を見て手伝おうと思った。


「あっ、いいよ。向こうの窓、掃除して」


 葉子が指を指すと、鳴海はバケツを持って外にある井戸に水を入れて雑巾を搾って窓を掃除した。


 3人は掃除を終えると、孝太は葉子と鳴海に「お疲れ様です」と言い、知事官舎を去ろうとすると、「どこ行くのよ?」と葉子に言われた孝太はまた赤くなって「妙子さんの所です」「えーお見合い相手の家知っているの?」葉子はニタニタ笑いながら孝太に声をかけた。


「はい。県庁の近くなので」


 孝太は人力車に乗って県庁の近くにある妙子の家へ向かった。


「鳴海、あの子・・大きくなったね」


「そうだね・・望んで産んだ子じゃなかったけどね・・」


「ちょっとあの子の前で言うんじゃないよ」


「わかった」


 葉子と鳴海は知事官舎の中へ入って行った。


 孝太は人力車に乗って妙子の家に着くと、そこには二階建てての赤瓦の家があった。その窓から「孝太さーん」と妙子が手を振りながら呼ぶ声が聞こえ、孝太は「妙子ちゃーん」と声を掛けた。


「元気かい?」


 孝太が妙子に訊ねると、「そっちは元気よー」と答えた。


「詔人ちゃんはどこに行ったんだい?」


「県立図書館よ」


 妙子が答えると、孝太は「わかった」と言いながら彼女の家の中に入って行った。



 県立図書館では詔人が学校の宿題をしていた。


「橋口君、聞いたぞ。君は府立一中で優秀だったと」


 伊波普猷が急に詔人の前に現れ、隣の席に座った。東京府立一中とは現在の日比谷高校の前身であり、当時から優秀な生徒が集まる進学校だった。


「先生、それは誰から聞きましたか?」


「君の同級生の當間君から聞いたよ」


「そうですか・・・・」


府立一中向こうで優秀なら県立一中ここならすぐ首席になれるのではないか?首席になったら無試験で一高に行けるぞ」


 一高とは東京大学教養学部の前身であり、今の高校とは違って大学の前期課程である。


「首席になれば一高に?」


「そうだ。私でも中学では首席になれなかったし、一高に進学する事も出来なかった」


「そうなんですか?でも三高に進学出来たじゃないですか?」


「やむなくな。君には私が叶えられなかったものを叶えて欲しい」


 詔人は尊敬してやまない男に褒められるのは嬉しいが、詔人にとって全寮制の男子校である一高に進学するのはかなり気が引ける。今でも男ばかりの中学校はかなり苦しいのに・・・・


「・・・・わかりました。叶えてみせますよ」


 詔人は正直に言う事が出来なかった。





 一方、帝国機関の拠点の1つ松尾山にある沖縄警備隊区司令部の官舎に子安夫婦が来ていた。


「井上副本部長、赤嶺祐樹君の行方は?」


 夫妻は祐樹の行方がどうなっているのか肇に聞くと、「こちらの方で探しているが、なかなか見つからなくてな。悪かったな」


「まぁ僕達の本当の子供ではありませんが、心配です」


「そうだな。この時代の沖縄は今と違って田舎だしな。便利なものがあまり無いぞ」


「そうですよね」


「まぁ武彦、とにかくあの子が見つかるまでの辛抱だな」


 肇は武彦の肩を置くと「はい」と答えた。


「しかし井上副本部長、どうして僕らのように子供がいない夫婦に養子を?」


「ふふふそれはだな『近代日本居住計画』を実現させるためだ」


「近代日本居住計画?」


「なっなんでしょうかそれは?」


 武彦と和子はあまりその計画について知らなかった。


「事務員のお前達には知らされていないが、本機関には乳児院や児童養護施設、児童相談所から子供を引き取り、子供がいない構成員の夫婦の養子にして自虐史観が無い戦前の日本に送っていたが、2010年頃からを中心に行っている。沖縄の貧困問題は深刻でな。親が家にいないせいでネグレクトに苦しむ子供達も多いようだ」


「へぇーそうなんですか」


「そうだ。そのせいか赤嶺祐樹を除く、他の子供達は新しい親の元へ行けると聞いた途端、喜んでいる子供が多かった。だから何としても赤嶺祐樹を見つけなければいけない。あの子が逃げたせいで他の子達にも影響を及ぼさないか心配だ」


「確かに言われてみればそうですよね・・私も妻も赤嶺君の無事を祈っています。副本部長、赤嶺君に関する情報があれば教えてください」


 武彦と和子は肇にお辞儀をした。


「わかった。新しい情報が来たら教えてあげるぞ」


「あ、ありがとうございます」


 武彦と和子は肇にお礼を言うと、官舎から去って行った。


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